汐風しおかぜ)” の例文
しばらくすると、どーんと銃声一発汐風しおかぜふく暗い洋上の空気をゆりうごかした。射程しゃていはわずかに百メートルぐらいだから、見事に命中である。
幽霊船の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この黒塀のそば小溝こみぞに添うて、とぼとぼと赤羽橋の方へやって来た、眼の前には芝山内さんないの森が高く黒い影を現しておる、うしろの方から吹いて来る汐風しおかぜやつくので
白い蝶 (新字新仮名) / 岡田三郎助(著)
静かに寄せ来る波……しかし、沖には白波がいたくえている。然して汐風しおかぜが吹き荒れているがために。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
と細いが聞くものの耳に響く、とおる声で言いながら、どこをどうしたら笑えよう、辛き浮世の汐風しおかぜに、つめたく大理石になったような、その仏造った顔に、寂しげに莞爾にっこり笑った。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は長い船旅で、日に焼け、熱に蒸され、汐風しおかぜに吹かれて来たばかりでなく、ようやくのことであの東京浅草の小楼から起して来たからだをこうした外国の生活の試みの下に置いた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
左の方から、例のいそッ臭い汐風しおかぜが吹いて来る度に、その青白いひらひらは一層数が多くなって、しわがれた、老人の力のないせきを想わせるような、かすれた音を立てながらざわざわと鳴って居る。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
肩には肉がこぶのようにもりあがってい、汐風しおかぜや陽やけのためではなく、生れつきらしい赤黒い顔に、眼と口とがばかげて大きく、そしてのこぎりの目をたてるときのような、耳ざわりな声をしていた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
広々した廓内くるわうちはシンとしていた。じめじめした汐風しおかぜに、尺八のふるえが夢のように通って来て、両側の柳や桜の下の暗い蔭から、行燈あんどんの出た低い軒のなかに人の動いているさまが見透みすかされた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
汐風しおかぜが胸の中で大きくふくらむ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
負えるあり、いだけるあり、児孫じそんを愛するが如し。松のみどりこまやかに、枝葉しよう汐風しおかぜに吹きたわめて、屈曲おのずからためたる如し。そのけしき窅然ようぜんとして美人のかんばせよそおう。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
泉太も繁も、真黒に日に焼け汐風しおかぜに吹かれて来た父の顔を見まもっていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
寒い汐風しおかぜが、蒼い皮膚を刺すように沁透しみとおった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私は冷たい汐風しおかぜをうけて
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
牧野も、岸本も、雨や汐風しおかぜのために湿った旅の外套に身を包みながら大きな汽船に乗移った。戦時のことで、同胞の道連れも極く少かったが、その中には岸本が巴里で懇意になった夫婦の客もあった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)