欝陶うっとう)” の例文
毎日欝陶うっとうしい思いをして、縫針ぬいはりにばかり気をとられていた細君は、縁鼻えんばなへ出てこのあおい空を見上げた。それから急に箪笥たんす抽斗ひきだしを開けた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「よく降るな。秋はいつもこれだ、仕方がねえ」と、岡崎は雨に濡れている庭先をながめながら欝陶うっとうしそうに云った。
半七捕物帳:26 女行者 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
たとえば目の不良なる人はつねに欝陶うっとうしく感じ、したがってますます不愉快ふゆかいを覚え、人の前に出るのをいとうにいたる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
永「なにわしは百姓だが、旅をする時にはむしゃくしゃして欝陶うっとうしいから剃るのじゃ、それに寺へ奉公をして居るから、頭を剃る事なぞは頓と構わぬじゃア」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
今更政宗は仕方が無い、底倉の温泉のけむりのもやもやした中に欝陶うっとうしい身を埋めて居るよりほか無かった。日は少し立った。直に引見されぬのは勿論上首尾で無い証拠だ。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
いや、くどい男だ。……こないだ路考が言葉尻を濁したが、わしの察するところでは、年に一度、十年がけの手紙というのを欝陶うっとうしがって、無情すげないことを言ってやったものと見える。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
お前さん、ここへ来るのは容易でないから、来たからにゃ、三日や五日は逗留とうりゅうしていくがいいよ、ゆっくりお前さんを送ってあげるから。もし欝陶うっとうしいのが嫌でなけりゃ、家の後には庭がある。
嬰寧 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
その日は欝陶うっとうしい五月雨さみだれのじめじめと降りしぶいている日であった。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
豪快な性質たちで、いつも軍功帳の筆頭には坐るが、決して小才こさいには立ちまわらない、むしろふだんは眠たげに口を結んで、底光りのする眸を濃い眉毛の下に欝陶うっとうしそうに半眼にふさいでいるといった風だ。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
欝陶うっとうしく、物悲しい日。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
梅雨つゆ前ですからね」と、半七老人は欝陶うっとうしそうに空を見あげた。「今年は本祭りだというのに、困ったもんです。だがまあ、大したことはありますまいよ」
半七捕物帳:05 お化け師匠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかし恩のある人に済まぬ不義理をして死ぬまで寝醒ねざめが悪いのは、損をした昔を思い出すより欝陶うっとうしいかも知れぬ。いずれにしても若いうちは二度とは来ない。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
兄と自分は顔さえ出す事のできない鉄の棒の間から外を見た。そうして非常に欝陶うっとうしい感じを起した。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
うすら寒い日も毎日つづいた。半七もすこし風邪をひいたようで、重い顳顬こめかみをおさえながら長火鉢のまえに欝陶うっとうしそうに坐っていると、町内の生薬屋きぐすりやの亭主の平兵衛がたずねて来た。
半七捕物帳:20 向島の寮 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「どうでも——おっかさんはどうでも構わないが、ただ御前が欝陶うっとうしいだろうと思ってさ」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
手摺てすりの所へ出て、鼻の先にある高い塗塀ぬりべい欝陶うっとうしそうにながめていた母は、「いいへやだが少し陰気だね。二郎お前のお室もこんなかい」と聞いた。自分は母のいるそばへ行って、下を見た。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
降らんとして降りそこねた空の奥からかすかな春の光りが、淡き雲にさえぎられながら一面に照り渡る。長閑のどかさを抑えつけたる頭の上は、晴るるようで何となく欝陶うっとうしい。どこやらで琴のがする。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)