桑畠くわばたけ)” の例文
春蚕はるごの済んだ後で、刈取られた桑畠くわばたけに新芽の出たさま、林檎りんごの影が庭にあるさまなど、玻璃ガラスしに光った。お雪は階下したから上って来た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
殊に桑畠くわばたけの支度その他、新たなる春夏の交の仕事は増加して、この期は極度に労力の不足する時である。小学校にさえ農繁時休暇というものを認めている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
やがて大きな桑畠くわばたけへ入って、あのじゅくした桑の実を取って食べながら通ると、二三人葉をんでいた、田舎いなかの婦人があって、養子を見ると、あわててたすきをはずして、お辞儀じぎをしたがね
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ふるい屋敷の一部は妻籠つまご本陣同様取りくずして桑畠くわばたけにしたが、その際にもき父吉左衛門きちざえもんの隠居所だけはそっくり残して置いてある。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その麓なる桑畠くわばたけにて村の若者何某という者、働きていたりしに、しきりねむくなりたれば、しばらく畠のくろに腰掛けて居眠いねむりせんとせしに、きわめて大なる男の顔は真赤まっかなるが出で来たれり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
南向きもしくは西向の桑畠くわばたけの間を通ると、あの葉のへりだけ紫色な「かなむぐら」がよく顔を出している。「車花」ともいう。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
草葺くさぶきの小屋の前や、桑畠くわばたけの多い石垣の側なぞに、そういう娘が立っているさまは、いかにも荒い土地の生活を思わせる。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
懐古園の城門に近く、桑畠くわばたけの石垣の側で、桜井先生は正木大尉に逢った。二人は塾の方で毎朝合せている顔を合せた。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし日頃信頼する医者のもとに一夜を送って、桑畠くわばたけに続いた病室の庭の見える雨戸の間から、朝靄あさもやの中に鶏の声を聞きつけた時は、彼女もホッとした。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼女はその静かさを山家へ早くやって来るような朝晩のすずしい雨にも、露を帯びた桑畠くわばたけにも、医院の庭の日あたりにも見つけることが出来るように思って来た。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼女は、桑畠くわばたけの向に見える人家や樹木の間から、遠くつづいた山々を望むことの出来るような処へ来ていた。ゴットン、ゴットンとうるさく耳についたは、水車の音であった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
母屋もやと土蔵と小屋とを除いた以外の建物はほとんどいしずえばかり残っていると言っていい。土蔵に続くあたりは桑畠くわばたけになって、ところどころに植えてあるきりの若木も目につく。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一方の窓からは、起伏した浅い谷、桑畠くわばたけ竹藪たけやぶなどが見える。遠い山々の一部分も望まれる。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
黄ばんだ日があたって来た。収穫とりいれを急がせるような小春の光は、植木屋の屋根、機械場の白壁をかすめ、激しい霜の為に枯々に成った桑畠くわばたけの間を通して、三吉の家の土壁を照した。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
でも、彼は母屋もやの周囲を見て回ることを久しぶりの楽しみにして、思い出の多い旧会所跡の桑畠くわばたけから土蔵の前につづく裏庭のかきの下へ出た。そこに手ぬぐいをかぶった妻がいた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あるものは牛蒡ごぼうを掘りに行ってこの雹にあったといい、あるものは桑畠くわばたけを掘る最中であったといい、あるものは引きかけた大根の始末をするいとまもなく馬だけ連れて逃げ帰ったという。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
旅するものはそこにそまの生活と、わずかな桑畠くわばたけと、米穀も実らないような寒い土地とを見いだす。その深い山間やまあいを分けて、浪士らは和田峠合戦以来の負傷者から十数門の大砲までも運ばねばならない。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)