桃割ももわれ)” の例文
今度は以前のように下絵などの面倒なこともありませんので、師匠の差図さしずと自分の考案で、童女の方は十か十一位、桃割ももわれに結って三枚がさね。
「お雪さん、あなたは島田よりか桃割ももわれが似合うかも知れない、桃割に結ってみて上げたいとも思うけれど、それではあんまり子供らしいから」
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今の細君が大きい桃割ももわれに結って、このすぐ下の家に娘で居た時、かれはそのかすかな琴の髣髴ほうふつをだに得たいと思ってよくこの八幡の高台に登った。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
花簪や花櫛のみ細工、と云っても、現代人には通じ難いが、下町娘の結綿ゆいわた桃割ももわれなどの髪によく挿したそれの造花仕事を、一家中でやっていた。
駒下駄のちょこちょこあるきに、石段下、その呉羽の神の鳥居の蔭から、桃割ももわれぬれた結立ゆいたてで、緋鹿子ひがのこ角絞つのしぼり。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その前に並べた酒袋しゅたいの座布団と、吉野春慶しゅんけい平膳ひらぜん旅籠はたごらしくなかった。頭の天辺てっぺん桃割ももわれを載せて、鼻の頭をチョット白くした小娘が、かしこまってお酌をした。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私が振返ってすっかり青葉になってしまった桜を眺めている間に、羽織姿の桃割ももわれ赤前垂あかまえだれ丸髷まるまげとが交って踊り出した。見物人の間に立って私はしばらく見ていた。
祇園の枝垂桜 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
好く見れば、お玉よりは顔が円くて背が低い。それにパナマ帽の男は、その女ばかりではなく、背後うしろにまだ三人ばかりの島田やら桃割ももわれやらを連れていた。皆芸者やお酌であった。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
門附の娘はわたくしが銀座の裏通りで折々見掛けた時分には、まだ肩揚かたあげをして三味線を持たず、左右の手に四竹よつだけを握っていた。髪は桃割ももわれに結い、黒えりをかけたたもとの長い着物に、赤い半襟。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
東三筋町に近い、鳥越とりごえ町に渡辺省亭わたなべせいてい画伯が住んでおられて、令嬢は人力車でお茶の水の女学校に通った。その時は髪を桃割ももわれに結って蝦茶の袴は未だ穿いていなかったから私はよくおぼえている。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
紺の暖簾のれんを張った広い店先きにミシンを置いて、桃割ももわれに結った町子が、黒繻子くろじゅすえりをかけてミシンを踏んでいるところは、早稲田わせだの学生達にも評判だったとみえて、学生達が足袋をあつらえに来ては
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
慰みに、おしゃくさんの桃割ももわれなんか、お世辞にもめられました。めの字のかみさんが幸い髪結かみゆいをしていますから、八丁堀へ世話になって、梳手すきてに使ってもらいますわ。
湯島の境内 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大きな桃割ももわれ。真赤な振袖。金糸ずくめの帯を立矢たてやの字に結んだ呉羽がイソイソと登場する。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
まあ、お聞き——隣合った私の桟敷に、髪を桃割ももわれに結って、緋の半襟で、黒繻子くろじゅすの襟を掛けた、黄の勝った八丈といった柄の着もの、つむぎか何か、かすりの羽織をふっくりと着た。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その横に下町風の大桃割ももわれに結った娘が、用足しに出た途中であろう。前垂まえだれをかけたまま腰をかけて、世にも悩ましく、なまめかしく、燃え立つような頬と眼を輝かせながら、男にもたれかかっている。
芝居狂冒険 (新字新仮名) / 夢野久作(著)