戦塵せんじん)” の例文
「まったく、おぬしとはずいぶん戦塵せんじんをあびてきたが、あれほどすさまじい合戦はみかたが原いらいであろう」
青竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その生涯における戦いと労苦とにより傷つき疲れたるからだに香油をそそぎて、戦塵せんじんを洗い、筋骨を和らげ、美しく、香り高く、なごやかに憩わせることです。
筑波つくばの騒動以来、関東の平野の空も戦塵せんじんにおおわれているような時に、ここには一切の争いをよそにして、好きな俳諧はいかいの道に遊ぶ多吉のような人も住んでいた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まだ諸所のかばねもかたづいていないこの生々しい戦塵せんじんの中へ、はやくも後醍醐の還幸さえ見られたのだった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは恋によろしい若葉の六月のある夕方ゆうがただった。日本橋にほんばし釘店くぎだなにある葉子の家には七八人の若い従軍記者がまだ戦塵せんじんの抜けきらないようなふうをして集まって来た。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
喃々なんなん私語しごする貴婦人達を叱咜しったして、「こんな豚共ぶたどもかせるピアノではない」とピアノのふたとざしてサッサと帰ったこともあり、普仏戦争当時、戦塵せんじんを避けたリヒノフスキー邸で
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
「そら御輿みこしがお通りになる、頭をさげい、ああおやせましましたこと、一天万乗いってんばんじょう御君おんきみ戦塵せんじんにまみれて山また山、谷また谷、北に南におんさすらいなさる。ああおそれ多いことじゃ」
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ひどく戦塵せんじんよごやつれた傷病兵の出迎えがあり、乗客の目をいたましめたが、均平もこの民族の発展的な戦争を考えるごとに、まず兵士の身のうえを考える方なので、それらの人たちを見ると
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
見えない街路の中に行動してる密集した軍隊の気配けはい、おりおり高まる騎兵の疾駆する音、砲兵の行進する重いとどろき、パリー街衢がいくに交差する銃火と砲火、屋根の上に立ち上ってゆく金色の戦塵せんじん
大坂の戦塵せんじんおさまって十年そこそこ、世の気風は殺伐で、武術試合などは素面素籠手こてに木剣、怪我くらいは勿論もちろんのこと、他流試合にはしばしば真剣が用いられるので
だだら団兵衛 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかし少しも屈する容子はなく、忽ち、しゃがれ声をふり絞って、何かを、戦塵せんじんうちへ叫んでいた。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
関東の平野の空がなんとなく戦塵せんじんにおおわれて来たことは、それだけでも役人たちの心を奪い、お役所の事務を滞らせ、したがって自分らの江戸滞在を長引かせることを恐れた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これがおれのたのしみでね、そう申した眼つきは実に平安なものでした、これが半刻はんときまえまで戦塵せんじん
石ころ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
みな、一ようの陣笠じんがさ小具足こぐそく手槍てやり抜刀ぬきみをひっさげて、すでに戦塵せんじんびてるようなものものしさ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おりから伊勢路いせじ一円は、いよいよ秀吉ひでよしが三万の強軍をりもよおして、桑名くわな滝川一益たきがわかずますを攻めたてていたので、多羅安楽たらあんらくの山からむこうは濛々もうもうたる戦塵せんじんがまきあがっていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれども戦塵せんじんのおさまる暇のない世に、そんなことがいつまで人の注意を惹くわけはない、ましてそれからたびたび合戦に出ても、これといって目に立つほどの手柄がなかったので
一人ならじ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
夜もひるも、伊勢いせの空は、もうもうと戦塵せんじんにくもっていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)