忸怩じくじ)” の例文
みずから曰く、「余は伊太利国民の多数の意志に忸怩じくじとして叩頭こうとうす、しかれども伊太利帝国は、到底余をその臣下の一に数うるあたわざるべし」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
小僧はませた口吻で、躍気やっきになってわめきながら、きゃっきゃっ笑い崩れた。許生員は我知らず、忸怩じくじと顔をあからめた。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
書生は始めて益軒を知り、この一代の大儒の前に忸怩じくじとして先刻の無礼を謝した。——こう云う逸事を学んだのである。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これが二三日前なら、竹光を抜き給えとでも言うところだったが、折が折だったから、僕は心中忸怩じくじたるものがあった。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
われ/\「学校の先生」たちは大きななりをして居ながら、沼倉の事を考えると忸怩じくじたらざるを得ないではないか。
小さな王国 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
半折はんせつや短冊を後から後からと書かされる。初めには忸怩じくじとして差控えたが、酔うに従って書くに従ってただそのことがうれしくてならなくなる。踊もおどった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
モダン文化のネオン燦然たる前には百年変らざる伝統の世話講談を繰り返している自分に忸怩じくじたるものをおぼえ、思わずこうしたことを呟いてしまったのだろう。
上手下手のことではなく、まるで気魄のない文字を書く人間は、内に凜然りんぜんたる頼もしい処がないのではあるまいかと、我が筆の跡を顧み、忸怩じくじたるものがあるのだ。
いたずらに歳月矢の如くきて今は全くの白頭になったが、その間何一つでかした事もないので、この年少時代に書いた満々たる希望に対してうた忸怩じくじたらざるを得ない。
いわゆる、悔悛かいしゅんの情云々——そういったところだったに違いない。自分はその二三句をここに引いてみよう。自分としては非常に忸怩じくじとした、冷汗をもよおされる感じなんだが。
死児を産む (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
内心忸怩じくじとしながらかうやつてどぜうの骨をしやぶつてゐるときには、あの忠告した坊主がほんたうは自分も食ひいのだがそれが食へぬので、あんな嫌がらせをいつたので
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
近来はしばしば、家庭の不幸に遇い、心身共に銷磨しょうまして、成すべきことも成さず、尽すべきことも尽さなかった。今日、諸君のこの厚意に対して、心ひそか忸怩じくじたらざるを得ない。
或教授の退職の辞 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
杞憂が晴れると、徒らに事件を小説的に眺めようとした僕等の態度が却って浅はかに思い做され、省みて忸怩じくじとした。僕は熱心に彼女に静養をすすめ、他日の幸運を希望して訣れた。
感傷主義:X君とX夫人 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
邦人の多くが案外風景に無関心であり、最近までは雲仙の美を説くものさえなく二、三十年来ひとり外人のみがその風景美を独占していた事実を顧みると大いに忸怩じくじたるものがあろう。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
「うん、まさに小気味よい敗北さ。実は、僕も忸怩じくじとなっているところなんだよ」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
どうもこうしてみると、ぼくの“忘れ残り”の量よりも世間の誰かが何処かで持っている“忘れ残り”の方がよほど多く、また話も具体的のようでもある。何とも忸怩じくじたらざるをえない。
従容として死についた彼をしのぶにつけても、般若を学びつつ、般若を説きつつ、しかもいまだ真に般若をぎょうじ得ない、自分おのれを省みるとき、私は内心まことに忸怩じくじたるものがあるのであります。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
佐藤は黙って聴診してしまって、忸怩じくじたるものがあった。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
いささか忸怩じくじたる感を抱いたわけである。
動力革命と日本の科学者 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
はなはだ忸怩じくじたるものがあったのである。
忸怩じくじたり)では書生流です、御案内。
錦染滝白糸:――其一幕―― (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
尾佐はいまどこで寂しい白日の酒を忸怩じくじとして飲んでいるであろうか。
唇草 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これに三十歳前後の壮年の殉国者、しかも死に向ってはしるものの懐い及ぶ所ならんや。彼の婦人に関する用意の周匝しゅうそう懇篤なる、今日のいわゆる女子教育家をして、忸怩じくじたらしむるものなくんばあらず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
自分という奴の人間性をかえりみて忸怩じくじとなったためでもない。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたくしは抽斎に忸怩じくじたらざることを得ない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
些か忸怩じくじたるものがありはしないだろうか。