御灯みあかし)” の例文
旧字:御燈
拝殿の神簾みすのかげに、今二つの御灯みあかしがついた。榊葉さかきばのかげに光る鏡をかすめて、下げ髪水干すいかん巫女みこが廊下の上へ静かに姿を立たせた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何処からか吹きこんだ朝山おろしに、御灯みあかしが消えたのである。当麻語部たぎまかたりうばも、薄闇にうずくまって居るのであろう。姫は再、この老女の事を忘れていた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
旅硯たびすずりとり出でて、御灯みあかしの光に書きつけ、今一声もがなと耳をかたぶくるに、思ひがけずも遠く寺院の方より、七三さきふ声のいかめしく聞えて、やや近づき来たり。
夜明のやしろ御灯みあかしの美くしさ、ほのぼのと晴れる朝霧の中の、神輿倉の七八つも並んだ神輿の金のきらきらと光つて居るのを見る快さは、忘れられないものです。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
和尚をしようさんは御灯みあかしを仏様にあげると、その前の座についた。栄蔵は賽銭箱さいせんばこの前の冷い畳の上に坐つた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
神職 神のおおせじゃ、おんな、下におれ。——御灯みあかしをかかげい——(村人一人、とうひらく。にすかして)それは何だ。穿出ほりだしたものか、ちびりとれておる。や、(足を爪立つまだつ)へびからんだな。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(若いのに、奇特な)と、供物くもつを贈る者や、花や御灯みあかしを捧げてゆく者もふえ、日と共に、法勝寺の宝前は二十余年の元のすがたに返って
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、あまり長く音も立たなかったので、人の居ることは忘れて居た。今ふっと明るくなった御灯みあかしの色で、その姥の姿から、顔まで一目で見た。どこやら、覚えのある人の気がする。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
けれど奥まった行宮あんぐうの深くでは、かえって何かふしぎな活力のような精気が、そこの昼もうすぐらい御簾ぎょれん御灯みあかしにあかあかとかがやいていた。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
炉をくことの少い此辺では、地下じげ百姓は、夜は真暗な中で、寝たり、坐ったりしているのだ。でもここには、本尊がまつってあった。夜を守って、仏の前で起き明す為には、御灯みあかしを照した。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
「ウム。詳しいことは知らないが、俺もそう考えていた。じゃお綱、向うの廻廊がいいだろう。御灯みあかしが下がっている」
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その明りもきわめて鈍く、目をみはればみはるほど、白毫びゃくごうの光が睫毛まつげをさえぎるので、ここはどこかしら? と思い惑っているとかすかに一点の御灯みあかしがみえる。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、肩のうしろを振り仰ぐと、いつのまにか、内陣の御灯みあかしを横にうけて、一人の男が立っている。長やかな大小と、眉深まぶかに結んだ十夜頭巾、それは、まぎれもない孫兵衛の姿だ。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一点の御灯みあかし霊壇れいだんの奥に仰ぐ。——範宴は、ここに趺坐ふざすると、弱い心も、強い心も、すべてのが溶けてくるのを感じる。そして肉体を忘れる。在るのは生れながらの魂のみであった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御先祖の壇には、御灯みあかしがあがっていた。
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)