平坦たいら)” の例文
その日は何にも乗らずに学校まで歩くことにして、日本橋の通りへかからずに、長い本材木町の平坦たいらな道を真直に取って行った。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
只今は川岸の土が崩れて余程平坦たいらになりましたが、其の頃は削りなせる断崖がけで、松柏しょうはくの根株へかしらを打付け、脳を破って血に染ったなり落ると、下を通りかゝったは荷足船で
わたくしはどこに一てん申分もうしぶんなき、四辺あたり清浄せいじょう景色けしき見惚みとれて、おぼえず感歎かんたんこえはなちましたが、しかしとりわけわたくしおどろかせたのは、瀑壺たきつぼから四五けんほどへだてた、とある平坦たいら崖地がけちうえ
可成り広い池の対岸むこうがわに、自然石じねんせきを畳んで、幅二間、高さ四間ほどの岩組とし、そこへ、幅さだけの滝を落としているのであって、滝壺たきつぼからは、霧のような飛沫しぶきが立っていたが、池の水は平坦たいらに澄返り
甲州鎮撫隊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
友達に別れると、遽然にわかに相川は気の衰頽おとろえを感じた。和田倉橋から一つ橋の方へ、内濠うちぼりに添うて平坦たいら道路みちを帰って行った。
並木 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あれから吾妻川の真中まんなかとこへずうと一体に平坦たいらな岩が突出つきだして居て、彼処あすこの上へずっとフランケットを敷いて、月の時に一猪口やったら宜うがしょう、なんぼ地税が出ねえたって
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
雑木林や平坦たいらな耕地の多い武蔵野むさしのへ来る冬、浅々とした感じの好い都会の霜、そういうものを見慣れている君に、この山の上の霜をお目に掛けたい。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
裏道づたいに捨吉は平坦たいらな街道へ出た。そこはもう東海道だ。旅はこれからだ。そう思って、彼は雀躍こおどりして出掛けた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
講演の始まる日には、捨吉は菅と同じように短いはかまをはいて、すこし早めに寄宿舎の出入口の階段を下りた。互いに肩を並べて平坦たいらな運動場の内を歩いて行った。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼処あすこに子供が三人居るんだ」——この思想かんがえに導かれて、幾度いくたびか彼の足は小さな墓の方へ向いた。家から墓地へ通う平坦たいら道路みちの両側には、すでに新緑も深かった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この人達の働くあたりから岡つづきに上って行くとこう平坦たいらな松林の中へ出た。刈草をしょった男が林の間の細道を帰って行った。日はれて、湿った草の上にあたっていた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
激しい気候を相手にする山の上の農夫に比べると、この空の明るい、土地の平坦たいらな、柔い雨の降るところで働くことの出来る人々は、ある一種の園丁にわづくりのように私の眼に映った。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして母と顔を見合せて微笑ほほえんだ。母は乳呑児をおぶったまま佇立たたずんでいた。お菊は復た麦だの薩摩芋さつまいもだのの作ってある平坦たいらな耕地の間を帰ったが、二度も三度も振向いて見た。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼の気質は普通の平坦たいらな道を歩かせなかった。乏しい旅費をふところにしながら、彼は遠く北海道から樺太からふとまで渡り、むなしくコルサコフを引揚げて来て、青森の旅舎やどやひどわずらったこともあった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)