“将又:はたまた” の例文
“将又:はたまた”を含む作品の著者(上位)作品数
坂口安吾4
幸田露伴2
西尾正1
山路愛山1
折口信夫1
“将又:はたまた”を含む作品のジャンル比率
文学 > 文学 > 文学理論 作法1.0%
文学 > 日本文学 > 日本文学0.5%
文学 > 日本文学 > 小説 物語0.2%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
然し我々が「淋しい」と感ずる時に、「あゝ淋しい」と感ずるであらうか、将又はたまた「あな淋し」と感ずるであらうか。
弓町より (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
併しながら、これが如何なる純粋な心情の上になされたにせよ将又はたまた最も精神的な友誼にせよ、これは一つの姦淫であることは疑へない。
姦淫に寄す (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
この訊問こそ支倉の万策尽きた今日、残された唯一の頼みの綱で、冤枉八年の叫び空しきか、将又はたまた空しからざるか正々この一挙で決するのだ。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
天意か、人望か、すうか、いきおいか、将又はたまた理のまさしかるべきものあるか。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
此が最合理的に、将又はたまた神学化した表現は、日並知皇子尊の殯宮の時の歌(人麻呂)にある。
万葉集研究 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
将又はたまた、荒唐無稽の世まい言として葬り去るべきものでしょうか。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
福沢諭吉氏が西洋事情世界国尽くにづくしの如き平民的文学をはじめて天は人の上に人を作らずと喝破かつぱせしが如き、将又はたまた明六社なる者が其領袖りやうしう西あまね、津田真道まみち
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
しん、太祖の失か、失にあらざるか、斉泰のか、為にあらざる将又はたまた斉泰、遺詔に托して諸王の入京会葬をとどめざるあたわざるの勢の存せしか、非
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
私の方でも、男の短刀を逃げてゐるのか将又はたまた切支丹伴天連バテレン仕込みの妖術まがひの愁ひの類ひを逃げてゐるのかまことにハッキリしてゐないが、これもつきあひの美徳であらう、これは一人で然し相当に血相も変え転々宿をうつしてゐた。
をみな (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
而して其香気は梅花梨花の高淡なるにあらず、丁香ていかう薔薇しやうびの清凉なるにもあらず、将又はたまた百合の香の重く悩ましきにも似ざれば、人或はこれを以て隣家のくりやに林檎を焼き蜂蜜を煮詰むる匂の漏来もれきたるものとなすべし。
来青花 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
まづ前もつて白状することには、私は浅学で、此の一文を草するに当つても、何一つとして先人の手に成つた権威ある文献を渉猟してはゐないため、一般の定説や、将又はたまたファルスの発生なぞといふことに就て一言半句の差出口を加へることさへ不可能であり
FARCE に就て (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
寂心は飾り気の無い此の御房の打明話には、ハタと行詰らされて、優しい自分の性質から、将又はたまた智略を以て事に処することを卑しみ、覇気を消尽するのを以て可なりとしているような日頃の修行の心掛から、かえってタジタジとなって押返されたことだったろう。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
盆踊りを季節の絶頂にした本能の走るがままの夏期のたわむれ、丈余の雪に青春の足跡をしるしてゐる夜這ひ、村人達の生活から将又はたまた思ひ出からそれをとりのぞいたら生々とした何が残らう! 半年村をとざしてしまふ深雪だけでも彼等の勤労の生活は南方の半分になるわけだが
禅僧 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
が、前陳のおふささんと房枝の問題を、どう解釈したらいいのでありましょう? 私は形式的に女と同衾どうきんし乍ら、果してそれが同名異人であるのか、房枝の早業か、将又はたまたドッペルゲエンゲルの怪奇に由来するものであるか、——確めねば気の済まぬ気持に迄達して了ったのであります。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
美しくて聡明で、大学教授の令嬢に生れ、音楽を解し、文学を解し、而も斯様に多くの人々と交際しながら、一度として品行について非難された事のない彼女ですから、伯爵夫人となるか、大政治家の嫁になるか、将又はたまた大実業家に見込まれてその伜の妻となるかは、殆ど彼女の意のままに見えたのでした。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)