依頼たのみ)” の例文
男は少しく眉をひそめて、お杉の死顔をじっと眺めていた。市郎は念の為に脈を取って見たが、これも手当を施すべき依頼たのみは切れていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「さて葉之助、また依頼たのみだ。そちも承知の辻斬り騒ぎ、とんと曲者くせものの目星がつかぬ。ついてはその方市中を見廻り、是非とも曲者を捕えるよう」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
勝五郎は友達が笑いものになるまでに熱心になって、何うか晋齋の依頼たのみを果そうと心懸けて居りまする。
けれど平素いつも利益ためになつてる大洞さんのお依頼たのみと云ひ、其れにお前も知つての通りの、此の歳暮くれの苦しさだからこそ、カウやつて養女わがこの前へ頭を下げるんぢやないか
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「すこしお依頼たのみがある。いてくれないか。」お秀は虫の「どういたしまして。」
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
行くとめたに就ては、三四郎に依頼たのみがあると云ひ出した。万一病気の為めの電報とすると、今夜は帰れない。すると留守が下女一人ひとりになる。下女が非常に臆病で、近所が殊の外物騒である。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
お柳からの密かの依頼たのみで、それとなく松原家を動かし、媒介者なかうどを同伴して来るまでに運んだのであるが、来て見るとお柳の態度は思ひの外、対手の松原中尉の不品行(志郎から聞いた)を楯に
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
と、小声こごえせつたのんだのでありました。すずめはさながらこの依頼たのみけたように、やがて小声こごえにないて、いずこへかってしまいました。するとほどなく先生せんせいがこの教場きょうじょうはいってきました。
残された日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
とてもかなわない恋だからの——もっとも俺の依頼たのみを聞いて、俺の云う通りにしてくれたら、そこは百人おさの紋十郎だ、何んとかお前の味方になって
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一旦は勝誇かちほこった市郎も漸次だんだんに心細くなって来た。この上は依頼たのみにもならぬ救援すくいの手を待ってはいられぬ、自分一人の力での危険の地を脱出するより他はない。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「いやその手腕うでまえを見込んで、ちっと依頼たのみがあるのだ。」
金時計 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「しかしどうもそれにしても変な絵巻を頼まれたものじゃ。まるでこれでは判じ絵だからの。……よしよし他ならぬお前の依頼たのみじゃ。大いに腕をふるうとしようぞ」
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
母に別れ、棲家すみかを失った今の重太郎に取って、唯一の依頼たのみというのはとうとき宝であった。それを手に入れたいばかりで、彼は厳重なる警官の眼をくぐりつつ、今日きょうまであたり漂泊さまよっていたのである。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あのナンノが依頼たのみなれば、秀は嬉しき思入れ
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
依頼たのみというは他でもない。お前はそういう人間だから——平ったく云やあ白痴おめでたいから皆の者が油断してどんな所へはいって行こうと叱る者もなけりゃ怪しむ者もない。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
氏長者うじのちょうじゃ依頼たのみであろうとポンポン断る信輔が、こう早速に引き受けたのはハテ面妖というべきであるが、そこには蓋もあれば底もあり、実は信輔この吉備彦に借金をしているのであった。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……お前から依頼たのみを受けたので、その足で直ぐに伏見へ行って、城中へ忍んだというものさ。秀吉め天下に敵がないというので、安心しきっているのだろう。城のかためなんか隙だらけだった。
血ぬられた懐刀 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「云うな云うな、出来ておればよい。……松本々々依頼たのみがある」
前記天満焼 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)