伸々のびのび)” の例文
即ち、一首の声調が如何にもごつごつしていて、「もののふの八十やそうぢがはの網代木あじろぎに」というような伸々のびのびした調子には行かない。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
岐阜城へさして信長が帰ったのはそれからであったが、残暑の疲れを、彼も兵馬も、伸々のびのび、ひと月と休んでいるいとまもなかった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
赤い毛、碧い眼、まるい滑らかな顎、伸々のびのびした四肢、美しい皮膚など、岩吉はもとより、此辺で見かける人達とは、まるっきり違ったものです。
裸身の女仙 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
いかにも伸々のびのび寛容ゆったりして、串戯じょうだんの一つも言えそうな、何の隔てもない様子だったが、私は何だか、悪い処へ来合せでもしたように、急込せきこんで
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
丘の中腹にあるわが家の窓を振り返ると、鳥が脱け出た後のように窓の扉が伸々のびのびと夢幻的に外に向って開いている。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
男が伸々のびのび拘束こうそくなしに内側の生命をのばす間に、女は有史以来おさえためられてそれを萎縮いしゅくされてしまった。
女性の不平とよろこび (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
まゆも、顔だちも、はれやかに、背丈せたけなどもすぐれて伸々のびのびとして、若竹のように青やかに、すくすくと、かがみ女の型をぬけて、むしろ反身そりみの立派な恰好かっこうであった。
明治大正美人追憶 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その日もよく晴れた、小春日和こはるびよりであった。奥底の知れない青空を、何鳥なにどりであろう、伸々のびのびと円を描いて飛んでいた。私は少しもまごつかずに例の植物を探し出すことが出来た。
毒草 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
森先生に伸々のびのびとそだてられていた私は、小説を読むことをそんなに害とも思わなかったし、学校で読んで悪いことも、そんなに気にしていなかったので、それからと云うもの
私の先生 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
珍しく永い湯の後、私は全く伸々のびのびした気持で湯をあがりました。私は風呂のなかである一つの問題を考えてしまって気が軽く晴々していました。その問題というのはこうです。
橡の花 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
時刻の来るのを待ち遠しげに、部屋の中で伸々のびのびと身を横たえ、ふたりの小姓に毛抜きで小鬢こびんの白髪や耳の毛を抜かせていた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伸々のびのびとした濁りの無い快い歌で、作者不明の民謡風のものだが、一定の個人を想像しても相当に味われるものである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
かかる群集の動揺どよむ下に、冷然たる線路は、日脚に薄暗く沈んで、いまにはぜが釣れるから待て、と大都市の泥海に、入江のごとく彎曲わんきょくしつつ、伸々のびのびと静まり返って
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あの広々した野を見ると、せせこましい、感情にのみとらわれている自分から解きほどかれて、自由な、伸々のびのびした、空飛ぶ鳥のような勇躍をおぼえました。わたくしは山は眺めるのを好みます。
平塚明子(らいてう) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
窓外を過ぎ行く初夏の景色を眺めながら、河野はさも伸々のびのびといいました。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
仏印では、あんなに伸々のびのびとしてゐた男が、日本へ戻つてから急に萎縮ゐしゆくして、家や家族に気兼ねしてゐる弱さが、ゆき子には気に入らなかつた。ゆき子は、富岡の両の手を取つて力いつぱいゆすぶつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
一首の意味は、恋歌で、恋しい女の家に近づいた趣だが、快い調子を持って居り、伸々のびのびと、無理なく情感を湛えている点で、選ぶとせば選ばれる歌である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
『ゆるせ。旅の間が、この久右衛門の実は極楽、山科の家へ帰れば、女房子の気鬱けうとい顔、借金取のうるさい訪れ、やれ何だのかだのと、伸々のびのびと、骨伸ばしもならぬのじゃ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かくしてはおりましたが、このたび帰国の上は、かれこれ、打明けます折もつい伸々のびのびと心苦しく、お京様とは幾久しきおつきあい、何かにつけ、お胸にそのお含み、なによりと存じ…………
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何しろその辺の草むらは、タイヤなどというものは頬張ってみたこともないように伸々のびのびしているのだ。加うるにすこし沢になっている傾斜をすべり込んで来たのでバックをするには容易でない。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「この大空を、伸々のびのびと、見ているだけでも——」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)