仁丹じんたん)” の例文
駿河台下するがだいしたまで散歩していた時に、とある屋根の上に明滅している仁丹じんたんの広告を見るとまた突然この同じ文字が頭の中に照らし出された。
神田を散歩して (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
歳暮せいぼ大売出しの楽隊の音、目まぐるしい仁丹じんたんの広告電燈、クリスマスを祝う杉の葉のかざり蜘蛛手くもでに張った万国国旗、飾窓かざりまどの中のサンタ・クロス
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「そりゃいかん、ちょっと待って……」と、言いもきらないうちにその男はどこかへ消えてしまったが、じきにまた戻って来て、私に仁丹じんたんをくれた。
そのおよんちゃんの間借りしている煙草屋からの帰りみち、駒形こまがたの四つ辻まで来ると、ある薬屋の上に、大きな仁丹じんたんの看板の立っているのがのあたりに見えた。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
あれは普通の仁丹じんたん広告塔のように、いたり消えたり出来ない式のネオン・サインなのだ。そしてあの電気看板は毎晩、あのようにして点けっぱなしになっている。
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「わたしの家はすぐ其処そこ横町よこちょうだわ。角に薬屋があるでしょう。宵のうちには屋根の上に仁丹じんたんの広告がついているからすぐにわかるわ。わたしこの荷物を置いて来るから待っててヨ。」
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ほとんどまるで床屋の看板の如く、仁丹じんたんの広告の如く、われとわが足音を高くする目的のために長靴ちょうかかかとにこっそり鉛をつめて歩くたぐいの伍長あがりの山師としか思われず、私は、この事は
返事 (新字新仮名) / 太宰治(著)
本船に移ってからも、お新は愉快な、物数寄ものずきな、若々しい女の心を失わなかった。旅慣れた彼女は、ゼムだの、仁丹じんたんだのを取出して、山本さんにすすめる位で、自分では船に酔う様子もなかった。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
走り込んだと思うと、取っ付きの薬屋に這入って仁丹じんたんを一袋買った。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
吾人ごじんすべからく現代を超越せざるべからず……か。仁丹じんたんの広告見たいだね。樗牛ちょぎゅうという人は自家広告が上手だった丈けに景色の好いところへ持って来たよ。何だか物欲しそうで一向超越していない」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「なんだい、久は。仁丹じんたんのにおいをさせてるじゃないか」
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
仁丹じんたんの広告灯が青くまた赤くてらせりの桜ばな
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
仁丹じんたんは、いやにやかましいからな。」「仁丹」と云うのは、能勢が馬場教諭につけた渾名あだなである。——こんな話をしている中に、停車場前へ来た。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その頃よく町のつじなどに仁丹じんたんの大きな看板が出ていて、それには白い羽のふさふさとした大礼帽をかぶって、美しいひげやした人の胸像が描かれてあった、——それを見つけると
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その後二三日してまた駿河台下するがだいしたを歩いた。その時には正午過ぎの「太陽」の強い光がくまなく降りそそいでいた。例の屋根の上に例の仁丹じんたんの広告がすすけよごれて見すぼらしく立っていた。
神田を散歩して (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「煙草って、仁丹じんたんみたいなものネ」
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私は外套の襟を立てて、ポケットへ両手を突っこんで、時々仁丹じんたんを口に含んで、——要するに長野草風氏が船酔いの薬を用意したのは、賢明な処置だと感服していた。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)