乳人めのと)” の例文
いよ/\城の運命が幾何いくばくもないことを悟って、八歳になる嫡男と六歳になる姫君とを、乳人めのとに預けてひそかに或る方面へ落してやった。
いうまでもなく、一ノ宮の乳人めのと有子ありこであり、有子の実家さと、大夫宗兼の許には、そのときもう、三人の幼な子が、あずけてあった。
彼は、内室からこの話を聞くと、すぐに、以前彼の乳人めのとを勤めていた、田中宇左衛門という老人を呼んで、こう言った。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
うばは金谷かなや長者という大家の乳人めのとで、若君の咳の病がなおるように、この家の傍の石の地蔵様に祈り、わが身を投げて主人の稚児の命に代った、それでその子の咳が治ったばかりか
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
信長も大感悦で手ずから打鮑うちあわびを取って賜わったが、そこで愈々いよいよ其歳の冬十二になる女子を与えて岐阜で式を行い、其女子に乳人めのと加藤次兵衛を添えて、十四と十二の夫婦を日野の城へと遣った。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
『何ぞはからん、忠盛が、かくし妻とは、一ノ宮の乳人めのとであろうとは。……院の御内事も、内裏へ、つつ抜けに知れるはずよ』
林右衛門りんえもんの立ち退いた後は、田中宇左衛門が代って、家老を勤めた。彼は乳人めのとをしていた関係上、修理しゅりを見る眼が、おのずからほかの家来とはちがっている。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そのゝちひそかに詮議いたし候へば、かの図書と云ひしは薬師寺が臣的場まとば左衛門と申す者の一子にて候。母は桔梗の方の乳人めのとにて候間乳兄弟ちきようだいになり候。
傅役の長谷川、前田、乳人めのとたちは、遠い末座に、ただひれ伏しているのみで、ほとんど、その人たちの手を焼かすこともない。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
是非御一緒に死出のお供をさせて下されとせがんだけれども、母は乳人めのとを呼んで自分を引き離してしまったので、泣く/\城を立ち去らねばならなかったと。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
で、一ノ宮の乳人めのとと、かれとの仲をお知りになっても、忠盛への御信頼には、ごうも、おゆるぎはなかったのである。
後の少将滋幹しげもとのことなのであるが、けだし此の児だけは、母なる人が本院の館へ連れ去られた後も、乳人めのとなどに伴われて自由に出入りすることを許されていたか
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そなたがまだ、乳人めのとのふところにいだかれて青蓮院しょうれんいんもうでたころには、たしか、範宴も愛くるしい稚子ちご僧でいたはずじゃが、どちらも、おぼえてはいまい
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
滋幹の記憶する限りでは、乳人めのとの衛門が滋幹のことも父のことも、何くれとなく面倒を見てくれていた。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
玄以も弱って、意にまかせていると、さらに、うしろに身をかがめていた乳人めのとが、そっと三法師の手へ色紙で折った折鶴を持たせて、玄以の耳を救った。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼にその話をしてくれたのは、多分老女の讃岐さぬきであったか、乳人めのとの衛門であったか、孰方どちらかであろう。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼女の母は、まだ彼女の生れぬ頃、豊後ぶんごの片田舎の郷士ごうしの子息に、乳人めのととして乳の奉公をしていた事がある。その貧しい郷士の子が、今の敦賀城の大谷刑部であった。
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
瑠璃光丸はそれがしの少納言の若君でありながら、やはり何かの仔細があって、よう/\乳人めのとの乳を離れかけた三つの歳に、都を捨てゝ王城鎮護の霊場に托せられたのである。
二人の稚児 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
夫人や侍女こしもと乳人めのとたちは、さすがに、折々面をそむけて、そっと涙をふいていたが、長閑斎のことばを聞くと、涙の中でも、ふと笑ってしまうことがままある程であった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しばしは物のわけも聞えざりけり、世におはしし時は、花やかなる有さまにて有べきが、昨日は今日に引かはり、白き出立いでたちの外はなし、若君姫君をお乳人めのとにも、はやそひまいらせず
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
佐々さっさ殿の舎弟、内蔵助成政くらのすけなりまさどのの好意で、成政どのの乳人めのとの田舎で、時節を待っておった」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
乳人めのとの女房がその手に縋りついたので、居合わせた者共も皆たよりない女や子供ばかりであるから、眼前の悲しみを見るのがいやさに我も/\と抱きついて、親子の間を隔てゝしまった。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼女の乳人めのとは、生れながらの小野の里を別れかね、以前の生活などはあとかたもない夢とは知りながらも、なお草深い小野の片隅に、春は麦をまき、秋はかいこの糸などつむいで
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「尼は上杉憲房の義妹。……その姉はまたこの義貞の乳人めのとじゃった。なにしに来たか」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つづいて、侍女こしもとだの、乳人めのとだのが、後から後からと、幾人もそこから出てきた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その朝麿が二歳ふたつ、十八公麿が四歳よっつとなった。乳人めのとにだかれている弟を
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)