“わかやま”の漢字の書き方と例文
語句割合
和歌山100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
徘徊(はいくわい)し廻(めぐ)り/\て和歌山(わかやま)の平野村と云へる所に到(いた)りける此平野村に當山派(たうざんは)の修驗(しゆけん)感應院(かんおうゐん)といふ山伏(やまぶし)ありしが此人甚だ世話好(せわずき)にて嘉傳次を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それからすぐに和歌山(わかやま)へ引(ひ)き取(と)られて行(い)つて、久(ひさ)しく國(くに)へ歸(かへ)ることもしませんでした。加納家(かのうけ)に住(す)みこんでから、はじめて遠江(とほたふみ)の母(はゝ)のところへ歸省(きせい)したことがあります。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
理(り)くつっぽくいへば、和歌山(わかやま)を出(で)て遠江(とほたふみ)までの間(あひだ)に、旅(たび)ごろもがわゝけるといふ程(ほど)のこともあるまいし、また早春(そうしゆん)に出(で)たのが晩春(ばんしゆん)になつたといふ程(ほど)のこともありますまい。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
下野國(しもつけのくに)日光山(につくわうざん)に鎭座(ちんざ)まします東照大神(とうせうだいじん)より第八代の將軍(しやうぐん)有徳院吉宗公(いうとくゐんよしむねこう)と稱(しよう)し奉(たてま)つるは東照神君(とうせうしんくん)の十一男(なん)紀伊國(きいのくに)和歌山(わかやま)の城主(じやうしゆ)高(たか)五十五萬石を領(りやう)する從(じゆ)二位(ゐ)大納言光貞卿(だいなごんみつさだきやう)の三男(なん)にて幼名(えうみやう)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
本腹(ほんぷく)なりとは大納言光貞卿(だいなごんみつさだきやう)紀州(きしう)和歌山(わかやま)にて大病(たいびやう)につき奧方(おくがた)國元(くにもと)へ入(いら)せられ直(ぢき)に看病遊(かんびやうあそ)ばされたきよし度々(たび/\)の願ひ先例(せんれい)にはなく共(とも)格別(かくべつ)の家柄(いへがら)ゆゑ聞濟(きゝずみ)に成り國許(くにもと)へ登(のぼ)らせられ御看病遊(ごかんびやうあそ)ばし平癒(へいゆ)の後(ご)懷姙(くわいにん)なる故(ゆゑ)和歌山にて御誕生(ごたんじやう)ありしなり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)