“日光山”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
にっこうざん50.0%
につくわうざん50.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
富士や日光山(にっこうざん)の馬返(うまがえ)しというのも意味は同じで、ここまで馬の背に積んできた荷物を、この沢の口でおろして小さくして、人がかるうことになっていたところなのである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
下野國(しもつけのくに)日光山(につくわうざん)に鎭座(ちんざ)まします東照大神(とうせうだいじん)より第八代の將軍(しやうぐん)有徳院吉宗公(いうとくゐんよしむねこう)と稱(しよう)し奉(たてま)つるは東照神君(とうせうしんくん)の十一男(なん)紀伊國(きいのくに)和歌山(わかやま)の城主(じやうしゆ)高(たか)五十五萬石を領(りやう)する從(じゆ)二位(ゐ)大納言光貞卿(だいなごんみつさだきやう)の三男(なん)にて幼名(えうみやう)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)