迂曲うきょく)” の例文
私は四谷見附よつやみつけを出てから迂曲うきょくした外濠のつつみの、丁度その曲角まがりかどになっている本村町ほんむらちょうの坂上に立って、次第に地勢の低くなり行くにつれ
女の乗った渡舟はそれでもまだ眼路めじの果にあって、一つの黒い点になったかと思うと川すじが迂曲うきょくして、突然見えなくなってしまった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
若木の杉やならの樹立にはぎすすきをあしらっただけの、なんの気取りもない庭のはずれに、浅野川が藍青の布を延べたように迂曲うきょくして流れている。
ひやめし物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
水のたまってる面積は五、六町内にまたがってるほど広いのに、排水の落口というのは僅かに三か所、それが又、皆落口が小さくて、溝は七まがりと迂曲うきょくしている。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
迂曲うきょくした径路を取りながらも、ともかくも、統計的には、その出発点から次第に遠く離れて行くであろう。
まるで反対の方へ押しられるような迂曲うきょくの道を辿たどりながら、しかもその間に頼りない細流を引取りはぐくみ、強力な流れはそれを馴致じゅんちし、より強力で偉大な川には潔く没我合鞣ぼつがごうじゅうして
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
迂曲うきょくし、亀裂し、石畳はなくなり、裂け目ができ、穴があき、錯雑した曲がりかどが入り組み、秩序もなく高低し、悪臭を放ち、野蛮で、暗黒のうちに沈み、舗石しきいしにも壁にも傷痕しょうこんがつき
しかしあの数の多い腕と、火焔をはさんだ背光の放射的な線と、静かに迂曲うきょくする天衣と、そうして宝石の塊りのような宝冠と、——それらのすべては堂全体の調和のうちに、奇妙によく生きている。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
将監しょうげん台と呼ばれる丘の突端をめぐって、にわかに幅をひろげる川は、東へと迂曲うきょくしながら二十町あまりいって海へ注ぐ。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
狭い往来は急に迂曲うきょくした坂になり、片側は私の知らぬにいつか金持らしい紳士の新宅になって石垣が高く築かれていますが、その向いの片側は昔から少しも変りのない貸長屋で
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それはいま彼が眼の前に見ている江戸川と、その迂曲うきょくする川に沿った林野における、遊楽や農耕や労働などのそれぞれの人間生活を描いたものだ。
おれの女房 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
陋巷ろうこうの間を迂曲うきょくする小道を辿たどり辿って、結局白髯明神の裏手へ出るのである。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
長岡の村から登って来る細い杣道そまみちが、二つにわかれて、一は頂上のほうへ向い、一は右の弁天谷のほうへ迂曲うきょくしてゆく。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
城下町の北から東をかこむ丘陵きゅうりょうの一部で、表門から、迂曲うきょくした坂道を、約一町も登らなければならない。
竹柏記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
道は北へと迂曲うきょくしながら消えてゆく、人の影もないうらさびれた眺望を、さらにもの哀しくするように、林をそよがせ枯草をゆすって、ひょうひょうと野分が吹きわたっていた。
野分 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
また庭を迂曲うきょくして小さな流れが作ってあったが——それは澄み徹った余るほどの水量で、いつもあふれるばかりたぷたぷと流れていたが、——その水は山裾にき、森の中をぬけて来るので
菊千代抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
大きく迂曲うきょくして、そこにひろいよどみをつくっており(これも晴れていれば)その淀みや、対岸の街道や林野が眺められるのであるが、いまは川そのものさえ、灰白色のとばりさえぎられて見えなかった。
葦は見ていた (新字新仮名) / 山本周五郎(著)