軒行燈のきあんどん)” の例文
新字:軒行灯
隣地の町角に、平屋だての小料理屋の、夏は氷店こおりみせになりそうなのがあるのと、通りを隔てた一方の角の二階屋に、お泊宿の軒行燈のきあんどんが見える。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大湯の八間燈はちけんや宿屋の軒行燈のきあんどんにちょうど灯の入る刻限なので、退屈な温泉の客と入りこんでくる旅人が、たちまち輪になって、会田屋の前をふさいでしまった。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
新宅のことで、夜番の燈火あかりを表にあげる時には、毎朝々々夜明け前の軒行燈のきあんどんの下掃除をして置いて、その油布巾で戸障子の敷居などを拭いたものであつたともいふ。
桃の雫 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
打越うちこえて柴屋寺へといそぎける(柴屋寺と言は柴屋宗長が庵室あんしつにして今なほありと)既に其夜も子刻こゝのつ拍子木ひやうしぎ諸倶もろとも家々の軒行燈のきあんどんも早引てくるわの中も寂寞ひつそり往來ゆきゝの人もまれなれば時刻じこくも丁度吉野屋よしのや裏口うらぐちぬけ傾城けいせい白妙名に裏表うらうへ墨染すみぞめの衣を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
刈屋城かりやじょうの天守閣が屹然きつぜんと松の上に沖の海光をうけてそびえていたが、町の辻々には、まだゆうべの闇がよどんでいて、会所の軒行燈のきあんどんにも、ぼんやりと灯が消え残っているし
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
往来一つ隔てて本陣とむかい合った梅屋の門口には、夜番の軒行燈のきあんどん燈火あかりもついた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ね、古市へ行くと、まだ宵だのに寂然ひっそりしている。……軒が、がたぴしと鳴って、軒行燈のきあんどんがばッばッ揺れる。三味線さみせんの音もしたけれど、ふきさらわれて大屋根へ猫の姿でけし飛ぶようさ。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
慶安時代から流行はやりだした船涼みは、その頃全盛で、岸には船宿の軒行燈のきあんどん、川には屋形や伝馬の灯がれ合って、絃歌の飛沫しぶきに川波の鼓、紫幕立て槍の旗本連もあれば
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今向う側を何んとか屋の新妓しんことか云うのが、からんころんと通るのを、何心なく見送ると、あの、一軒おき二軒おきの、軒行燈のきあんどんでは浅葱あさぎになり、月影では青くなって、薄い紫の座敷着で
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御泊宿、吉田屋、と軒行燈のきあんどんに記してあるは、流石さすがに古い街道の名残なごり。諸国商人の往来もすくなく、昔の宿はいづれも農家となつて、今はこの根津村に二三軒しか旅籠屋はたごやらしいものが残つて居ない。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
今、軒行燈のきあんどんに灯がはいッたばかりの「木の芽でんがく」の店にはかなりな客足です。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と追分でみちが替って、木曾街道へ差掛さしかかる……左右戸毎まていえなみ軒行燈のきあんどん
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、文字だけがかすかに読めて、灯の消えている軒行燈のきあんどんが、ふと、眼にとまった。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)