蹣跚よろめ)” の例文
肩をこごめ背を丸め、顔を低く地に垂れた。そうしてたれた犬のように、ヨロヨロと横へ蹣跚よろめいた、私は何かへ縋り付こうとした。
銀三十枚 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さう云ふことを振返って考へ込むと、彼は心の底から一つの細力ママが湧いて来て、蹣跚よろめきさうな身体を支へて呉れさうな気がした。
閑人 (新字旧仮名) / 原民喜(著)
さて百姓は蹣跚よろめきながら我家に帰った。永い間女房を擲って居た。そうしてたった一週間前に買って遣った頭に被る新しい巾を引き裂いた。
「ワア痛い!」「ウー、いい気味ぢやアよ!」と言ひ捨てて、博士は暗闇の奥底へ蹌踉とした影法師を蹣跚よろめかせ乍らだんだん消えて行つてしまつた。
霓博士の廃頽 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
ロレ 灰色目はひいろめあした顰縮面しかめつらよるむかうてめば、光明ひかりしま東方とうばうくもいろどり、げかゝるやみは、かみまへに、さながら醉人ゑひどれのやうに蹣跚よろめく。
背後うしろへ拡げた両手は、空気を押えるような手つきだ。そのまま、ザザザッ! 畳をならして蹣跚よろめ退さがった。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
父は周章あわてて包みを高くさし上げ体を避けようとする拍子に、ぎごちなく蹣跚よろめいた。その身のこなしがいかにも臆病な老人らしく、佐和子は悲しかった。彼女は急いで
海浜一日 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
大道だいどうも狭いと云わんばかりに蹣跚よろめいてゆく酔漢の背後に、半纏着の男はつつと迫っていった。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
僕の五官は疫病えやみにでも取付とりつかれたように、あの女子おなごのために蹣跚よろめいてただ一つの的をねらっていた。この的この成就はやみうち電光いなずまの閃くような光と薫とを持っているように、僕には思われたのだ。
彼は立ち上ると蹣跚よろめいて行って、北窓をがらりと開けた。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
六角の体をかしげながら 蹣跚よろめくもの
独楽 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
眼を射られて蹣跚よろめいた捕手が、正気に返って見廻した時には、首の無い山内伊賀之助の、死骸が残っているばかりで、乞食の姿は見えなかった。
首頂戴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
よろよろと蹣跚よろめき、まるで骨を抜きとられたかのように、ドッと床の上に崩折れてしまった。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
また、その編目はあらく、なかの顔は透いて見えるけれど、大次郎は生死の血戦を経たあとで、蹣跚よろめきそうに弱っているのである。笠の中の相手の顔になど注意をらす余裕は、なかった。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
突かれて蹣跚よろめいた源三郎は、ドンと壁へぶつかったが、充分の恐怖おそれ、充分の怒り、しかし依然として心は夢中で……
前記天満焼 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「深夜の市長」は立ち上ったが、急に眩暈めまいでもしたらしく、フラフラと蹣跚よろめいた。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と、お紅は立ち上ったが、浴槽を出ると蹣跚よろめくように、香水管の下まで行って、起立したまま静まった。裸体から滴がしたたり落ちる。裸体を香水の霧が蔽う。
血ぬられた懐刀 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「あッ」と驚いた忠蔵がヨロヨロと蹣跚よろめくその途端、丸窓の障子に音がして、ヒューッと白い物が飛んで来た。それがお袖の襟上に刺さる。白糸の付いた、木綿針だ! お袖を殺せとの命令である。
赤格子九郎右衛門の娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「む」と若侍は呼吸詰まり、ヨロヨロと廊下へ蹣跚よろめき出た。
善悪両面鼠小僧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)