観世物みせもの)” の例文
二本でも時々観世物みせものなどに来ることがあります。これは「両頭の蛇」と云つて、蛇の不具かたはです。かはづ蜥蜴とかげなどにも、よくこんなのがゐます。
原つぱの子供会 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
屋敷へはいってからも、林之助は用のひまをみてお絹にたびたび逢いに来た。東両国の観世物みせもの小屋の楽屋へも時どき遊びに来た。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
つまらない観世物みせものを見にくより、ずっとまし、なのだって、母様がそうおいだから、私はそう思っていますもの。
化鳥 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いいえ、何の、死んだって、売られたって、観世物みせものになったって、どうしたって構うものかね。私ゃ、一晩でもお前さんとこうしていられさえすりゃ。」
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
明治以後、氷川明神が服部はっとり坂へ移されてからのお話ですが、小石川の縁日にかむろ蛇の観世物みせものが出ました。
半七捕物帳:55 かむろ蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
電車のまだ開通しない時代であるから、尾張町の横町から三十間堀の河岸かしへかけて、いろいろの露店がならんでいた。河岸の方には観世物みせもの小屋と植木屋が多かった。
紀元千八百九十五年—月—日の凱旋祭がいせんまつりは、小生が覚えたる観世物みせものうちに最もおおいなるものに候ひき。
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
手届きて人の奪うべくもあらねば、町の外れなる酒屋のくら観世物みせもの小屋の間に住めりと人々の言いあえる、恐しき野衾のぶすまの来てさらえてくと、われはおさなき心に思いき。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
買いたるは手品師にて、観世物みせものはりつけにするなりき。身体からだは利かでもし、やりにて突く時、手と足もがきて、と苦痛の声絞らするまでなれば。これにぞ銀六の泣きしなる。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さて、招魂社しやうこんしや観世物みせもので、すみのなすりくらをするのではないから、盲人まうじん相撲すまふもいかゞなもの。
怪力 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
どの道東京で死んだ処で、誰一人そうかとも言ってくれない体だからと、既に観世物みせものになる処、湯屋の前でふっと見た梓に未練が残ったので、ようようけだものたのしまれるだけ助かったのである。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けれども、なぜか、母子連おやこづれで学校へ観に行った、と聞いただけで、お妙さんを観世物みせものにし、またされたようでしゃくに障った。しかし物にはなるまいよ、と主税が落着くと、いいえ、私は心配です。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
人間にんげんだとおもふとをかしいけれど、かはなかからあしへたのだと、さうおもつてるとおもしろくツて、ちつともいやなことはないので、つまらない観世物みせものくより、ずつとましなのだつて
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ついこの前途さきをたらたらと上りました、道で申せばまず峠のような処に観世物みせものの小屋がけになって、やっぱり紅白粉べにおしろいをつけましたのが、三味線さみせんでお鳥目ちょうもくを受けるのでござります、それよりは旦那様
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夜芝居よしばいの太鼓、どろどろどろ、はるかに聞える観世物みせものの、評判、評判。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
観世物みせもの小屋が、氷店こおりみせまじっていて、町外まちはずれには芝居もある。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)