袖無そでなし)” の例文
さっき門前で、無言のまま出迎えた、体の小兵な、肉づきも痩せ形な人物が、袖無そでなし羽織に、短い前差ひとこしを差して、至極、腰ひくく
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
青い毛氈もうせんの上に左のとばりの影から現われたものはほこをもっていた。これも管絃かんげんを奏する人と同じく錦の袖無そでなしを着ていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
刳袴くくりばかま袖無そでなしを着、鬱金うこんの頭巾を冠っている。他でもない猿若さるわかである。悪人には悪人の交際まじわりがあり、人買の一味と香具師の一味とは、以前まえから交際を結んでいた。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
袖無そでなしを着たアさまが塵埃除ほこりよけの為に頭へ手拭を巻き附け、土竈どぺッついの下をき附けて居りまする。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
黄昏たそがれ袖無そでなしを羽織って母上と裏の垣で寒竹筍かんちくたけのこを抜きながらも絵の事を思っていた。
森の絵 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
庄内や最上地方にかけては刺子着さしこぎの美しいのが見られます。袖細そでぼそのや袖無そでなしのや形は様々でありますが、随分心を入れて刺したのを見かけます。いずれも女の手技てわざであるのは申すまでもありません。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
柿色の投頭巾なげずきんに、横筋の袖無そでなし、丸ぐけの太いひもで、胸に人形箱をかけた、この頃町でよく見る飴売あめうりの傀儡師くぐつしという姿の者。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
丑尾さんが着古した袖無そでなしのちゃんちゃんを着て、頭をちっちゃなおちごにっていたことと、それから、その日の小春の日影が実にうららかに暖かくのどかであったということだけである。
重兵衛さんの一家 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
地味ちみの痩せをそのまま姿にしているひょろ長い松だ。——その木陰に、ちらと、猩々緋しょうじょうひ袖無そでなし羽織のすそがひらめいていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
法衣ころもを返して、俗になったのもついこの間のこと。やがて髪をたくわえるつもりの道心頭を、頭巾で巻いて、渋染の袖無そでなし
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
馬のりばかまに、桔梗色ききょういろ袖無そでなしを羽織り、朱房しゅぶさむちを手にして——伊吹の牧へよく乗りまわしに出るのだった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わけても袖無そでなし羽織は、舶載はくさいの織物らしく、豪華な模様に金襴きんらんの裾べりを縫い、裏には羽二重をつけ、ひもにまで細かい気をつけて、葡萄染ぶどうぞめのかわがつかってある。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さてまた、腰には一刀、すねには白脚絆しろきゃはん、手にも手甲てっこう袖無そでなしの上からさらにくけ帯をしかと締めなし、すっかり身支度が成ると、自分の居間の写経机に、一わんの水を汲み
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれど、考えてみると、自分の姿は、人形箱と柿色の頭巾袖無そでなしにくるまれていた。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時は十二月の中旬なかばで、伊勢は暖いにしても、那古なこうらからこの峠へくる風は相当に肌寒いが、駄賃馬に乗っている客は、奈良晒ならざらしのじゅばんに袷一重あわせひとえ、その上に袖無そでなし羽織をかけてはいるが
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)