薬湯やくとう)” の例文
旧字:藥湯
おしのははしを付けただけで、父に薬湯やくとうをのませようとしたが、「もうすぐに終るから」と云って、喜兵衛は算盤を置こうとしなかった。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして縁づたいへ立つと、ちょうど出会いがしらに、顔のさきへ、薬湯やくとうの濃いにおいを盆に漂わせて運んで来た女性がある。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
間貸のばばは市ヶ谷見附みつけ内の何とやらいう薬湯やくとうがいいというので、君江はその日の暮方始めて教えられた風呂屋ふろやへ行き、翌日はとにかく少し無理をしても髪をおうと思いさだめた。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
糧米を分け薬湯やくとうを与え城中の武士を引卒して自分から親しく罹災者りさいしゃを見舞い、神社仏閣へ使者を遣わし加持かじ祈祷きとうを行わせ、ひたすら病魔の退散と罹病者の平癒へいゆを願うのであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ガラッ八の八五郎は、尋常な挨拶をして、慎み深く入って来ると、お静のくんで出した温かい茶を、お薬湯やくとうのように押し戴いて、二た口三口すすりながら、上眼づかいに四辺あたりを見廻すのでした。
千枝松はその薬湯やくとうをすすったばかりで、かゆも喉には通らなかった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「先ほど、おやぐらからお下り遊ばすと、すぐに気分がお悪いと仰せられて、典医のさしあげた薬湯やくとうも召しあがらずに、おふせりになった筈でござりますが」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ようやく痰が切れて、七十郎はそれを拭き取ってやり、それから薬湯やくとうで口を湿してやった。
のみならず、目をさますとすぐ楚々そそ薬湯やくとうをささげて来てやさしく気分を問うてくれた一女性がある。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
甲斐は「薬湯やくとうを」と宇乃に云い、火桶ひおけへ手をかざした。
「お薬湯やくとうが切れたのです。いつぞや土屋つちやが送ってくれた薬種のうちの黄袋きぶくろはもうありませぬか」
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いまお薬湯やくとうを温めます。
熱い薬湯やくとうの茶碗を手に持たせられ、のどを焼かれるように感じた時、ハッと気がついてみると、八弥は自分の体も、側にいる耀蔵も、白いぬのに巻かれて、蘇鉄そてつのようになっているのを見た。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、初めてその人を知り、用意しておいた薬湯やくとうを与えるやら、草鞋わらじを解かせるやら、手をとって式台へ上げるやら、真心をこめていたわったが、内蔵助は声もせず、そこに、姿も見せない。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、鎌倉塗りの盆の上には、薬湯やくとうをせんじた薬土瓶くすりどびんと湯呑みが伏せてあって、そばには一鉢の福寿草ふくじゅそう。花嫁の丸髷まるまげに綿ぼこりがついているくらいな、目に触らないほこりがすこしたかッて見えます。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今宵、彼女は文机ふづくえのわきに、小さい土炉どろをおいて、薬湯やくとうをたぎらせていた。——そしてこれは徒然つれづれがちな宮中ではよくしていた習性から、さる手書てがきの「古今和歌集」をお手本として手習いしていた。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
園子そのこさまと御一緒に薬湯やくとうをさしあげておき、折々、お見舞いしても、さしたる御容体にも見えなかったが……急に大熱を発しられたので、家人に訊いてみると、殿の御一身にもかかわる事件ということを
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薬湯やくとうせんじてやったがよい。朝になったら、かゆなりと与えて」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)