蒼穹あおぞら)” の例文
広い縁の向うに泉水せんすいの見える部屋だ。庭いっぱい、黄金こがねいろの液体のような日光がおどって、霜枯しもがれの草の葉が蒼穹あおぞらの色を映している。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そして不思議なことに、その蒼穹あおぞらに小さな美しい星が一つきらきらとふるえているのを見て、爽やかな気持がしたのを覚えています
爆音は総ての忌わしい記憶を打消して流れ、仰ぐ無限の蒼穹あおぞら、その中には彼の醜い容貌を気にする何物もないのだ。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
すべてがむせるようである。またみなぎるようである。ここで蒼穹あおぞらは高い空間ではなく、色彩と密度と重量をもって、すぐ皮膚に圧触して来る濃い液体である。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
大平おおだいら街道だ。道ばたの切石に腰をおろして、こうした山歩きの終わりにはだれもがするように悠々とパイプに火を点じて、FINE の煙文字を蒼穹あおぞらに書いた。
二つの松川 (新字新仮名) / 細井吉造(著)
雲は低く灰汁あくみなぎらして、蒼穹あおぞらの奥、黒く流るる処、げに直顕ちょっけんせる飛行機の、一万里の荒海、八千里の曠野あらの五月闇さつきやみを、一閃いっせんし、かすめ去って、飛ぶに似て、似ぬものよ。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何の跼蹐ぞ! あるものはただ自由な天と地であり胸を張って大地に立つ蒼穹あおぞらへの呼吸であり、魂の昂揚であり、虚飾もなければ虚偽もなく、いわんや忍耐もなければ卑屈もない。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
生命いのちは愛なれば愛するもののせしは余自身の失せしなり、この完全最美なる造化ぞうか、その幾回いくたびとなく余の心をして絶大無限の思想界に逍遙せしめし千万の不滅燈ふめつとうを以て照されたる蒼穹あおぞら
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
しかも私はそのとき、くちに触れるほど近く頭上におっかぶさった二枚の板片いたぎれの間から、ぽっちりと静かに澄みきった蒼穹あおぞらを眺めていました。
フリュートの音が、ひょろひょろと蒼穹あおぞらに消えると、その合間合間に、乾からびた木戸番の「呼び込み」が、座員の心をも、何かそわそわさせるように、響いて来た。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
雛の微笑ほほえみさえ、蒼穹あおぞらに、目にうかんだ。金剛神の大草鞋は、宙を踏んで、渠を坂道へり落した。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
八つを告げる回向院えこういんの鐘の音が、桜花はなを映して悩ましく霞んだ蒼穹あおぞらへ吸われるように消えてしまうと、落着きのわるい床几のうえで釘抜藤吉は大っぴらに一つ欠伸あくびを洩らした。
右手彼方にはきざはし高く大理石の円柱林立して、エフィゲニウス邸の大殿堂が空を圧してそびえ立ち、陽光は煦々くくとして建物を蒼穹あおぞらの中に浮き立たせ、ペンをきしませている私の指先に戯れ
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)