あし)” の例文
みぎわに茂るあしの断え間にりをしている人があった。私の近づく足音を聞くと振り返ってなんだかひどく落ち付かぬふうを見せた。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
一四あしがちる難波なにはて、一五須磨明石の浦ふく風を身に一六しめつも、行々一七讃岐さぬき真尾坂みをざかはやしといふにしばらく一八つゑとどむ。
一面の砂丘のうねりの所どころに、丈の高いあしの繁みがあつて、そのかげで雲雀ひばりが、何か含み声でしきりに啼いてゐた。
少年 (新字旧仮名) / 神西清(著)
お菊は、帯の間から、朱漆あかうるしの一かんを出して吹きだした。あしをわたる風が、ふなべりへ霜をおくように冷たかった。そして笛の穴に、彼女の息が白く見えた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼が手で示すところ、すなわち大堤防の内側は、いちめん枯れたあしや雑草の茂みで、小松や灌木かんぼくがよく繁殖し、川というよりまったく原野としか見えなかった。
半之助祝言 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
千手ヶ原の湖水に接したあたりは、あしやらすすきやら禾本かほん科植物の穂先が、午下の太陽から迸射する強い光芒に照されて、銀の乱れ髪のように微風にゆらめいている。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
葭短不舸 あしみじかおおぶねさまたげず
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あしのしげみにひよいと隠れた紅い麦藁帽子と、間もなく聞えてくるはげしい水音とは、すでに少年には奇蹟として印象されなかつたことだけは事実である。
少年 (新字旧仮名) / 神西清(著)
蕭々しょうしょうと、江戸川尻の枯れあしは、潮の香と、暗い風の中に、そよいでいた。芸妓たちは、寒がって
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仁安三年の秋には、あしの花散る難波なにわて、須磨・明石の浦ふく汐風を身にしみじみと感じながら、旅をつづけて四国にわたり、讃岐さぬき真尾坂みおざかの林というところに、しばらく逗留することにした。
そしてさびしい場所に出ると彼等はあしの間に舟をかくして夜の更けるのを待つた。花子が寒さにふるへるのを定はひざの上にぢつと抱きしめてやつた。彼は絶えず美しい夢を見た。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
言っているところへ、一角のあしから、物見の兵が「——大変だっ」と、急を告げて来た。暁闇ぎょうあんもやのうちから、泊兵の水軍が舳艫じくろをならべて、これへ接岸して来る模様だ——と絶叫する。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)