胸裏きょうり)” の例文
しかもその併立せるものが一見反対の趣味で相容あいいれぬと云う事実も認め得るかも知れぬ——批評家は反対の趣味も同時に胸裏きょうりに蓄える必要がある。
作物の批評 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お気に入っても入らなくても、虚勢や粉飾ふんしょくに事実を曲げて、聖断せいだんくらくしたてまつるべきではない——と、これは河内を出るときからの彼のかたい胸裏きょうりであった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
胸裏きょうりの図案は三二でくずれた。見ると、筒袖つつそでを着た男が、まきせて、熊笹くまざさのなかを観海寺の方へわたってくる。隣りの山からおりて来たのだろう。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今日は風が吹く。昨日きのうも風が吹いた。この頃の天候は不穏である。しかし胸裏きょうりの不穏はこんなものではない
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただまのあたりに見れば、そこに詩も生き、歌もく。着想を紙に落さぬとも璆鏘きゅうそうおん胸裏きょうりおこる。丹青たんせい画架がかに向って塗抹とまつせんでも五彩ごさい絢爛けんらんおのずから心眼しんがんに映る。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いかにせば生き延びらるるだろうかとは時々刻々彼らの胸裏きょうりに起る疑問であった。ひとたびこのへやるものは必ず死ぬ。生きて天日を再び見たものは千人に一人ひとりしかない。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もし人情なるせまき立脚地に立って、芸術の定義を下し得るとすれば、芸術は、われら教育ある士人の胸裏きょうりひそんで、じゃせいき、きょくしりぞちょくにくみし、じゃくたすきょうくじかねば
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
幾分か彼我の胸裏きょうりに呼応する或ものを認める事ができたが、いかんせん、彼らのやっている事は、とうてい今日の開明に伴った筋を演じていないのだからはなはだ気の毒な心持がした。