胸臆きょうおく)” の例文
からだて頂をし、もって万一に報ずるを思わず、かえって胸臆きょうおくほしいままにし、ほしいままに威福をす。死すべきの罪、髪をきて数えがたし。
続黄梁 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ことにその題目が風月の虚飾を貴ばずして、ただちに自己の胸臆きょうおくくもの、もって識見高邁こうまい、凡俗に超越するところあるを見るに足る。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
北固山はそう韓世忠かんせいちゅう兵を伏せて、おおいきん兀朮ごつじゅつを破るのところたり。其詩またおもう可きなり劉文りゅうぶん貞公ていこうの墓を詠ずるの詩は、ただちに自己の胸臆きょうおくぶ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
と云うのは、こゝで彼の胸臆きょうおくに長いあいだ眠っていた女首へのあこがれが、急に明瞭めいりょうな形を取って眼ざめたのである。
「妙な議論だな、これは。友達の胸臆きょうおくわだかまる秘密を察しなければ、一々責任を問われるんだから遣り切れない」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
余が胸臆きょうおくを開いて物語りし不幸なる閲歴を聞きて、かれはしばしば驚きしが、なかなかに余をめんとはせず、かえりて他の凡庸なる諸生輩しょせいはいをののしりき。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼は例のごとくいとも快活に胸臆きょうおくを開いて語った。僕の問うがまにまに上京後の彼の生活をば、恥もせず、誇りもせず、平易に、率直に、詳しく話して聞かした。
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
けれど、こう静まッているは表相うわべのみで、乞の胸臆きょうおくうちへ立入ッてみれば、実に一方ひとかたならぬ変動。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
コレアルハ六朝りくちょうヨリ始ル。然レドモ唐宋大賢ノ文ヲルニ直ニ胸臆きょうおくヲ抒シ通暢つうちょう明白ニシテ切ニ事理ニ当ル。ノ彫虫篆刻てんこくスル者トハ背馳はいちセリ。名ハ集ナリトイヘドモ実ハ子ナリ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
もしその某将校の言ふ所「新聞記者は泥棒と思へ」「新聞記者は兵卒同様なり」等の語をしてその胸臆きょうおくよりでたりとせんか。これ冷遇に止まらずして侮辱なり。
従軍紀事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)