糸底いとぞこ)” の例文
旧字:絲底
そうしたら、うしろで「いやあだ。」と云う声と、猪口ちょく糸底いとぞこほどのくちびるを、らせて見せるらしいけはいがした。
田端日記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
客なき卓に珈琲わん置いたるを見れば、みなさかしまに伏せて、糸底いとぞこの上に砂糖、幾塊いくかたまりか盛れる小皿載せたるもをかし。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「いやある。糸底いとぞこに疵がある。臺所で洗ふ時に附けたんぢやらう。」と、老僧は眼を据ゑて睨むやうにした。
ごりがん (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
宗助は糸底いとぞこを上にしてわざと伏せた自分の茶碗と、この二三年来朝晩使いれた木のはしながめて
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いきなり小判を右手の拇指おやゆび食指ひとさしゆびとの間に立てて、小口をつばで濡らすと、銭形の平次得意の投げ銭、山吹色の小判は風を切って、五六間先の家光の手にある茶碗の糸底いとぞこ発矢はっしと当ります。
そうして糸底いとぞこの姓名と対照して割ってゆくうちに、とうとう二つが残されてしまった。「クロード・ディグスビイ」……割られたが、しかし、あのウェールズ猶太ジュウのものとは異なっていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
路考は、茶を一口すすって、たなごころの上で薄手茶碗の糸底いとぞこを廻しながら
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
杯の糸底いとぞこで秀八の冷たい指に、清吉の指がれた。
春の雁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宗助そうすけ糸底いとぞこうへにしてわざとせた自分じぶん茶碗ちやわんと、この二三年來ねんらい朝晩あさばん使つかれたはしながめて
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「杢兵衛はどうも偽物にせものが多くて、——その糸底いとぞこを見て御覧なさい。めいがあるから」と云う。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
茶碗に余った渋茶を飲み干して、糸底いとぞこを上に、茶托ちゃたくへ伏せて、立ち上る。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)