盲目めしい)” の例文
その途端に、暴風のような長屋の同胞たちの喚きに交じって、ひとりの盲目めしいが、取りみだして叫ぶ声を彼は聞きのがさなかった。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
貧しき家の夕闇に盲目めしいの老夫のかしらを剃りたるが、兀然ごつぜんとして仏壇に向ひてかね叩き経める後姿、初めて見し時はわけもなく物おそろしくおぼえぬ。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
はっと驚く暇もなく彼女は何所どこともわからない深みへ驀地まっしぐらに陥って行くのだった。彼女は眼を開こうとした。しかしそれは堅く閉じられて盲目めしいのようだった。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
盲目めしいが見えましたり、あしなえが立ちましたり、おしが口をききましたり——一々数え立てますのも、煩わしいくらいでございますが、中でも一番名高かったのは
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
盲目めしいは、あかい手絡てがらをかけた、若い女房に手をかれて来たが、敷居の外で、二人ならんでうやうやしく平伏ひれふした。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
盲目めしいの芸人となって、座興の席を漂泊さすろうてあるく今の境遇と、どちらがよいかは分らぬが、わしは、決して、後悔はしていない。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
破三味線やぶれざみせん盲目めしいの琴、南無妙なむみょう太鼓、四ツ竹などを、叩立て、掻鳴かきならして、奇異なる雑音遠くにいたる。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その頃金富町かなとみちょうなるわが家の抱車夫かかえしゃふに虎蔵とて背に菊慈童きくじどうの筋ぼりしたるものあり。その父はむかし町方まちかたの手先なりしとか。老いて盲目めしいとなりせがれ虎蔵の世話になり極楽水の裏屋に住ひゐたり。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
なみのあらい北の海、吹雪ふぶきのすさぶとちとうげ、それから盲目めしいになってまで、京都の空へ向かっても、おいらは、クロよ、クロよとんでいた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
硝子越に彼方むこうから見透みえすくのを、主税は何かはばかって、ちょいちょい気にしては目遣いをしたようだったが、その風を見ても分る、優しい、深切らしい乳母は、いたくおしゅう盲目めしいなのに同情したために
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
誰か助けてやらないか、観世音かんぜおんはアレを救おうとしないのか、あの盲目めしいの小娘を見殺しにするのか。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
孝に眼をあけているつもりでも、忠には盲目めしい。そちの修業は片目とみゆる。いま玄徳さまは、帝室のちゅうたり、英才すぐれておわすのみか、民みなお慕い申しあげておる。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
子供ずきらしく、とくにまた、盲目めしいの覚一をあわれんでか。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)