町中まちじゅう)” の例文
ことに屋賃をはじめ、将校の階級によってあたいが違うのは不都合である。休暇を貰っても、こんな土地では日の暮らしようがない。町中まちじゅうに見る物はない。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
ばんにはいつも郵便局長ゆうびんきょくちょうのミハイル、アウエリヤヌイチがあそびにる。アンドレイ、エヒミチにってはこの人間ひとばかりが、町中まちじゅう一人ひとりけぬ親友しんゆうなので。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
吉原遊廓ゆうかくの近くを除いて、震災ぜん東京の町中まちじゅうで夜半過ぎて灯を消さない飲食店は、蕎麦そば屋より外はなかった。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
けれどもおふれが出て、ねこつながとけますと、方々ほうぼう三毛みけも、ぶちも、くろも、しろ自由じゆうになったので、それこそ大喜おおよろこびで、みやこ町中まちじゅうをおもしろ半分はんぶんかけまわりました。
猫の草紙 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
その日彼は町中まちじゅうを引き廻された上、さんと・もんたにの下の刑場で、無残にもはりつけに懸けられた。
じゅりあの・吉助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
町中まちじゅうなんとなく人の気が立っている。誰彼たれかれとなく家の中に落ち着いてはいられないので往来へ出ているらしく思われる。その雑沓ざっとうの間を、印の付いた服を着た唱歌会員が通っている。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
町中まちじゅうの若い者が百人も二百人も灯籠とうろうを頭に掛けてヤイ/\云て行列をして町を通る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
お前は町中まちじゅうの慰物だ。
町中まちじゅうの堀割に沿うて夏の夕を歩む時、自分は黙阿弥もくあみ翁の書いた『島鵆月白浪しまちどりつきのしらなみ』に雁金かりがねに結びし蚊帳もきのふけふ——と清元きよもと出語でがたりがある妾宅の場を見るような三味線的情調に酔う事がしばしばある。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)