燻製くんせい)” の例文
或る日、博士は瓶詰のビスケットと、瓶詰のアスパラガスとで朝飯をとりながら、ふと博士の大好きな燻製くんせいもののことを思い出した。
昨今の私の詩歌は燻製くんせいにしんだ。燻製の鰊と桐の花と一緒にされるものか。ほんのかりそめの煩悩であるが今のうちに一寸でも昔に還って見たい。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
そこへまた、燻製くんせいの顔をした、モンペ姿の婦人がやって来ると、ハンドバッグを下に置きぐったりと膝を伸した。……日は既に暮れかかっていた。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
どこへ行ったのだろうと思ってそのへんを探し廻っていると、燻製くんせい小屋の横からオオミヤクという泥沼のほうへ向っているモオリーの足跡をみつけた。
南部の鼻曲り (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
尤も燻製くんせいにしんの匂に顔だけはちよいとしかめてゐる。——保吉は突然燻製の鯡を買ひ忘れたことを思ひ出した。鯡は彼の鼻の先に浅ましい形骸を重ねてゐる。
あばばばば (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それから、林檎のパイがある。桃のパイがある。南瓜のパイがある。さらに、ハムも、燻製くんせいの牛肉もある。
燻製くんせいの魚のような香いと、燃えさしの薪の煙とが、寺の庫裡くりのようにがらんとくろずんだ広間と土間とにこもって、それが彼の頭の中へまでも浸み透ってくるようだった。
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
濡れたオガ屑の匂い、漬もの桶の匂い、どっさり棚につまれた燻製くんせいから立つ匂い。それらがみんな交りあって、店の中には渋すっぱくて、懐しいような匂いがこめている。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「けさは燻製くんせいにしんと、ボイルドしたたらとをコックさんが用意して来てるね。君は鱈だろう」
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「腐りはせんさ、鮭の燻製くんせいだもの。しかし、正木の方でも正月の御馳走の心組があるだろうし、それに、先方へ礼状を出してもらう都合もあるんだから、一日も早い方がいいよ。」
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
二度目の朝飯の時(食卓には冷たい料理——燻製くんせいや塩漬や蒸焼むしやきなどが山盛だった)
さけ燻製くんせい、アンチョビーの塩漬、いわしの油漬、ハム、チーズ、クラッカー、肉パイ、幾種類ものパン、等々がまるで魔術のように一時に出現して置き切れぬ程に並べられた光景を見ると
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「熱い、熱い、たまんねえな。人間の燻製くんせいが出来そうだ」
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
何處どこやらに魚族奴等いろくづめらが涙する燻製くんせいにほふ夜半よはかわきて
和歌でない歌 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
朝鮮人蔘にんじん燻製くんせいのやうな手
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「あの一件を忘れているようじゃ困る。ほら、あれじゃ、燻製くんせいのあれを、ほら中国の金博士に届けろといったあれだ。まだ届けてないんだな、こいつ
鱒は——もう喰ってしまったものは仕様がない。それがあった場所には、燻製くんせいにしんが三匹貼りつけられた。
そのほか飾り窓の中の軍艦三笠も、金線サイダアのポスタアも、椅子も、電話も、自転車も、スコツトランドのウイスキイも、アメリカの葡萄ぶだうも、マニラの葉巻も、エヂプトの紙巻も、燻製くんせいにしん
あばばばば (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「では何を……。あ、そうそう、カムチャッカでやっとります燻製くんせいにしんに燻製のさけは、いかがさまで……」
燻製くんせいますがあるし、山羊の乳まであるんだから、まるで食物ぐらにいるようなものだわね。
燻製くんせいじゃな。いくら燻製にしても、羊特有の、あの動物園みたいな悪臭は消えるものか」
ホーテンスはこの土地の名産であるところの一種のます燻製くんせいをたいへんに褒めて食べた。
地球発狂事件 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
「ああ、この大使館の燻製くんせいさけ火酒ウォッカにもきてしまったわい。もうこれくらい滞在しておけば、王老師の顔も立つことじゃろう。では今のうちに、道具をまとめて、帰るとしようか」
それから一時間ばかりして、待望のうわばみ燻製くんせいが、金博士の地下邸ちかていへ届けられた。
「お好みの料理を作りますぜ。殊に燻製くんせい料理にかけては、世界一でさあ」
給仕が、燻製くんせいさけを、きんの盆にのせて持ってきた。
そして燻製くんせいさけのように褐色かっしょくがかっていた。
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)