櫛笥くしげ)” の例文
かの女は、良人にもだれにもおかさせない塗籠ぬりごめの一室をもち、起きれば、蒔絵まきえ櫛笥くしげや鏡台をひらき、暮れれば、湯殿ゆどのではだをみがく。
それは、巳之助丸の生母が、櫛笥くしげ左中将隆致たかむねむすめだったからである。彼女は貝姫といい、その姉の逢春門院ほうしゅんもんいんは後西天皇の御生母であった。
折々をり/\そら瑠璃色るりいろは、玲瓏れいろうたるかげりて、玉章たまづさ手函てばこうち櫛笥くしげおく紅猪口べにちよこそこにも宿やどる。龍膽りんだういろさわやかならん。黄菊きぎく白菊しらぎく咲出さきいでぬ。可懷なつかしきは嫁菜よめなはなまがきほそ姿すがたぞかし。
五月より (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
櫛笥くしげふたをすることがらくに出来るし、蓋をけることもらくだから、夜の明けるの「明けて」に続けて序詞としたもので、夜が明けてからお帰りになると人に知れてしまいましょう
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
わが油じみし櫛笥くしげの底をかき探れば
そぞろごと (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
で、小宰相の方も、能登ノ介清秋を、こわらしい武者などと恐れてはいず、今も、櫛笥くしげをとりかたづけて、すぐ濡れ縁へ寄っていた。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すなわち、上皇の御生母逢春門院は、櫛笥くしげ左中将隆致たかむねむすめであり、綱宗の生母はその妹の貝姫である。
我が油じみし櫛笥くしげの底をかき探れば
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
三位さんみつぼね、阿野廉子やすこは、仰せと聞くと、いま夕化粧もすましたばかりなのに、もいちど櫛笥くしげへ入って、鏡をとりあげ、入念にまゆずみ臙脂べにをあらためてから立った。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すました櫛笥くしげなどを片寄せながら、さりげなくの蔭でいらえていた。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)