愛執あいしゅう)” の例文
青山せいざん愛執あいしゅうの色に塗られ、」「緑水りょくすい非怨ひえんの糸を永くく」などという古人の詩を見ても人間現象の姿を、むしろ現象界で確捕出来ず所詮しょせん
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
屍体したいの肌は、もう葡萄色ぶどういろになっていた。わしは、わしの愛執あいしゅうのために、老母おふくろのそうした醜い顔をいつまでもこの世にさらしておくのを罪深く思った。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
五条京極きょうごく荻原新之丞おぎわらしんのじょうと云う、近きころ妻におくれて愛執あいしゅうの涙そでに余っている男があって、それが七月十五日の精霊祭しょうりょうまつりをやっている晩、門口かどぐちにたたずんでいると
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
愈々いよいよ影法師の仕業に定まったるか、エヽ腹立はらだたし、我最早もはやすっきりと思い断ちて煩悩ぼんのう愛執あいしゅう一切すつべしと、胸には決定けつじょうしながら、なお一分いちぶんの未練残りて可愛かわゆければこそにらみつむる彫像、此時このとき雲収り
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかし過去に無感覚な表情しかたない島田の顔は、何事も覚えていないように鈍かった。昔の憎悪ぞうお、古い愛執あいしゅう、そんなものは当時の金と共に彼の心から消え失せてしまったとしか思われなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして、前へゆく弦之丞の後ろ姿に、磁力のような愛執あいしゅうを感じながら、足も心もその人へ引きずられて行く見返りお綱。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と——不意に、お綱は自身から、悲嘆や愛執あいしゅうや、すべての情感を切り破って出るように
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
子をたずねる愛執あいしゅうやみ、生みのわが子をさがしあるく母性ぼせいのまよいに、ふしぎな錯覚さっかくを起しているおときは、相手のはにかみにも気がつかず、ただ(もしやこの子が)と思う一途いちず
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
亀次郎は、いつもの獄医とちがうせいか、それとも、実はやはり生命いのち愛執あいしゅうがさせるのか、急に、子どものように素直になって、脈を診させ、胸も背も、足のうらまで、診察させた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
生ける間は、人間から憎悪や愛執あいしゅうは除けない。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)