念珠ねんじゅ)” の例文
ゆかの上に引きずった着物は「あびと」ととなえる僧衣らしい。そう云えば「こんたつ」ととなえる念珠ねんじゅ手頸てくび一巻ひとまき巻いたのち、かすかに青珠あおたまを垂らしている。
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
法華行者ほっけぎょうじゃ山伏やまぶしなどの長い念珠ねんじゅを首に掛ける者も、絶無ではなかったろうが、あの頃はそう普通でなかった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
おもわず足をみとどめて、ギョロッと両眼をふり向けたのは、蛮衣ばんいに十字の念珠ねんじゅくびにかけた怪人かいじん、まさしく、これぞ、正真正銘しょうしんしょうめい和田呂宋兵衛わだるそんべえその者だ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ゆるらかに幾尺の水晶の念珠ねんじゅを引くときは、ムルデの河もしばし流をとどむべく、たちまち迫りて刀槍とうそうひとしく鳴るときは、むかし行旅こうりょおびやかししこの城の遠祖とおつおや百年ももとせの夢を破られやせむ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ハテだれか念仏を唱えているものがあるそうだなと思いながら、雨戸へ手を掛けて細目に明けると、母のおりゑが念珠ねんじゅを爪繰りまして念仏を唱えているから、孝助は不審に思い小声になり。
水鉄のおじさんはと見れば、墨染すみぞめの衣を着て浅黄縮緬あさぎちりめん頭巾ずきんかむり、片手に花桶片手に念珠ねんじゅ、すっかり苅萱道心かるかやどうしんになり澄ましていたが、私を見ると、「や、石童丸が来た、来た。」と云った。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
帝は太祖の皇孫と生れさせたまいて、金殿玉楼に人となりたまいたれども、如是因にょぜいん如是縁にょぜえん、今また袈裟けさ念珠ねんじゅの人たらんとす。不思議というもあまりあり。程済すなわち御意に従いて祝髪しゅくはつしまいらす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それでも鶴見にとっては、よしや回想の破片であろうとも、これを記念のにつないで置けば、まさかの時の念珠ねんじゅの数え玉の用にも立とう。鶴見はそう思ってみて、それで好いのだとあきらめている。
少数の特権者の利己心に悲鳴をあげさしてるそれらの民主主義が、近く主権を占めることにたいしても、彼は恐れの念をいだきはしなかった。年老いた芸術の念珠ねんじゅに必死とすがりつきはしなかった。
折悪く河岸の西辰にしたつと云う大檀家おおだんかの法事があったそうですが、日錚和尚は法衣ころもの胸に、熱の高い子供をいたまま、水晶すいしょう念珠ねんじゅを片手にかけて、いつもの通り平然と
捨児 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
沖縄では仏法の浸潤しんじゅんがなお浅く、念珠ねんじゅというものを知らぬ人が多いにもかかわらず、この草の実はよく知られ、これを緒に貫いて頸にかける風習も相応に普及している。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ゆるらかに幾尺の水晶の念珠ねんじゅを引くときは、ムルデの河もしばし流れをとどむべく、たちまち迫りて刀槍とうそうひとしく鳴るときは、むかし行旅をおびやかししこの城の遠祖とおつおや百年ももとせの夢を破られやせん。
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)
黄金の十字架くるすを胸に懸けて、パアテル・ノステルを口にした日本を、——貴族の夫人たちが、珊瑚さんご念珠ねんじゅ爪繰つまぐって、毘留善麻利耶びるぜんまりあの前にひざまずいた日本を、その彼が訪れなかったと云う筈はない。
さまよえる猶太人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)