弥縫びほう)” の例文
旧字:彌縫
びるとか、人に円満な解決を頼むとか、弥縫びほうの方法を持ちうる人もあるが、父のは、やってしまうと、自身では内心悔いていても
一時を弥縫びほうせんと、ここに私印偽造の罪を犯して武男の連印をかたり、高利の三千円を借り得て、ひとまず官金消費の跡を濁しつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
共々言外のところにらたな意味を感じ当てたいという考えであるが、これは未熟を弥縫びほうする卑怯ひきょうな手段のようにも見えるが
文章の一形式 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
しかしこれ等の方法は、本物が失敗した場合の弥縫びほう策であって、肝腎なのは本物の方である。それで本物の方の手配をきめておく必要がある。
雪今昔物語 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
彼は自分の弱味によってき起した醜さ悲惨さを意識し得る強さをも持っているのだ。そしてその弱さを強さによって弥縫びほうしようとするのだ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
外部を弥縫びほうしていましたから、店に使われる者すら知らなかった。幹部へ入ってみて、それが解った。いよいよあの店も致命傷を負いました。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
君の云ふ事は、甚卑劣な、弥縫びほう策に過ぎない。君は、酒の嗜好を奪へば、他の危険なる嗜好に走ると云ふけれ共、元来、酒を呑まぬ者はどうする。
俺の記 (新字旧仮名) / 尾崎放哉(著)
「同(文政)二年、病気全快之届を出す。」全快届は前に初代瑞仙の出した「総領除」の弥縫びほうである。二世瑞仙の手に由つて出されたことであらう。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
金子が足りぬゆえ、町人より献金させよ、人がないゆえ、島津斉彬を、異国方に取立てよ、と、己を弥縫びほうするに急であって、政道を布く暇さえござりませぬ。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
万事そのつもりで見て見ぬふりをするように……というような苦しい耳うちで下役の前を弥縫びほうした忠相も
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
妻をうとみつつ妻ならぬ者に慰めを求めて行ける人間はいい、もしも要にその真似まねが出来たら美佐子との間にも今のような破綻はたんを起さず、どうにか弥縫びほうして行けたであろう。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
心をまげ精神を傷つけ一時を弥縫びほうした窮策は、ついに道徳上の罪悪を犯すにいたった。いつわりをもって始まったことは、偽りをもって続く。どこまでも公明に帰ることはできない。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
大川は細流に汚されずとでもいうような自信を装って敗北を糊塗ことし、ひたすら老大国の表面の体裁のみを弥縫びほうするに急がしく、西洋文明の本質たる科学を正視し究明する勇気無く
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
社界経済は人間の労苦より起りて、弥縫びほうの策に過ぎず、彼と此とを或仮説の法則の下に、定限ある時間の間撞突なからしむるのみ。経済上の問題として世を経営するは寸時の方策のみ。
最後の勝利者は誰ぞ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
当時経済界の大変動から、彼女の父は弥縫びほうの出来ない多額の借財を残し、商売をたたんで、ほとんど夜逃げ同然に、彦根ひこね在の一寸したをたよって、身を隠さねばならぬ羽目はめとなった。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いわく、最も不埒なるは、神殿、拝殿等、訓令の制限に合わぬ点を杉丸太で継ぎ足し、亜鉛葺き等一時弥縫びほうをなし、いずれ改造する見込みなり、当分御看過を乞う等で、そのまま放置する。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
彼はなるべく事なかれ主義を取って頼長と忠通とのあいだを弥縫びほうするか、もしそれが出来そうもないと見きわめたあかつきにはそっと手を引いて、両方の争いを遠く見物しているのが、最も賢い
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
去年ソールズベリ侯内閣が姑息こそくの手段をもって一時に弥縫びほうしたるとはいえ
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
内を司どる婦人が暗愚無智なれば家は常に紊乱びんらんして家を成さず、幸に其主人が之を弥縫びほうして大破裂に及ばざることあるも、主人早世などの大不幸に遭うときは、子女の不取締、財産の不始末
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
自他を守る上から権謀術数けんぼうじゅっすうも必要であるけれども、今日は乱世でもなければ殊にネパールは道理の分って居る文明的の国であるから、いつわりをいうて一時を弥縫びほうするということはむろん出来ない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
結局積極的に弥縫びほうしようとする企ては、不可能でもあり、また有害無役なものであるとも考へざるを得ないのだ。人間は鋼鉄のやうに強くはない。
さいわいに加賀町の名主田中平四郎がこれを知って、ひそかに竜池に告げた。竜池は急に諸役人に金をおくって弥縫びほうし、妾に暇をつかわし、別宅を売り、遊所通ゆうしょがよいを止めた。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼らは死に対してけんかをしかけんばかりの切羽せっぱつまった心持ちで出かけて行く。陸の上ではなんと言っても偽善も弥縫びほうもある程度までは通用する。ある意味では必要であるとさえも考えられる。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
これは未熟を弥縫びほうする卑怯な手段のやうにも見えるが、私としては自分の文学に課せられた避くべからざる問題をそこに見出さずにゐられない気持である。
文章の一形式 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
どうしても一足先に赴いて何とか弥縫びほうの必要があるから、ひそかに秀吉に願ひでた。
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)