山巒さんらん)” の例文
も吹かず、も鳴らさず、山巒さんらんの間を縫って、極めて粛々しゅくしゅくと来るのであったが、五千余騎の兵馬の歩みは、いかに静かにと努めても
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ことごとく水田地帯で、陸羽国境の山巒さんらん地方から山襞やまひだ辿たどって流れ出して来た荒雄川が、南方の丘陵に沿うて耕地をうるおし去っている。
荒雄川のほとり (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
けれども勇敢なるピイア・ギユントはやはり黎明の峡湾を見下してゐるのに違ひない。現に古怪なる寒山拾得は薄暮の山巒さんらんをさまよつてゐる。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
併し、女性的とはいへ、山の温泉であるから、樹木が多く、雲や霧がふだんに立ちこめて、山巒さんらんといふ感じは充分にある。
石段上りの街 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
この道は、さして骨の折れないカヤトですから一行はあたかも遊散気取りで悠々と歩んで周囲の山巒さんらんのただならぬ情景に見恍みとれるの余裕が出ました。
山道 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この平野は東も南も西も山巒さんらんに囲まれてゐて、言はゞまあ猫の額と言つたやうなところで御座います。その東の山間から土岐川は流れ出して来てゐる。
玉野川の渓谷 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
茶屋は断崖だんがいに迫つて建つてゐるので、深い谿間たにあひと、その谿間を越えて向うの山巒さんらんを一目に見ることが出来る。谿間は暗緑の森で埋まり、それがむくむくと盛上つてゐるやうに見える。
仏法僧鳥 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
床几しょうぎのあった以前の頂まで、わしは懸命に這い上がって来た。——だがそこには暗い木々が山巒さんらんうそぶいているだけだった。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
向うの村へ渡って、改めて沢井を見渡すと、山巒さんらんの中腹に塀をめぐらした机の家は、さながら城廓のように見える。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
居庸関きょようかん弾琴峡だんきんきょう等を一見せる後、万里の長城へ登り候ところ、乞食童子一人、我等の跡を追いつつ、蒼茫たる山巒さんらんを指して、「蒙古! 蒙古!」と申し候。
雑信一束 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そしてその平野に落ちやうとする處には、到る處にすぐれた眺望を持つた山巒さんらんが聳えてゐた。
日光 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
茶屋は断崖に迫って建っているので、深い谿間と、その谿間を越えて向うの山巒さんらんを一目に見ることが出来る。谿間は暗緑の森で埋まり、それがむくむくと盛上っているように見える。
仏法僧鳥 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
秀吉は馬を立てて、眉に迫る伊吹山いぶきやまを仰ぐ。さむらい達もみな手綱たづなをやすめ、各〻、汗ばんだ顔を山巒さんらんに吹かせていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
左手の山谿さんけいの間には、遠く相模川の川面がおりおり鏡のように光って見える時、山巒さんらんを分けて行く駕籠は、以前のように桐油とうゆを張った山駕籠ではなく、普通に見る四ツ手駕籠。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
赤ちやけた殺風景な山巒さんらん、寒い荒凉とした曠野、汚ない不潔な支那人の生活、不味まづいしつこい支那料理、時には何うしてこんな不愉快な塞外さいぐわいの地にやつて来たらうと思ふやうなことも度々たび/\あつたが
時子 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
ここへ来て、ここの山巒さんらんの気に吹かれると、彼女の乙女時代の性が眼をさましたようによみがえっていた。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今宵、寺の縁側へ出て見ると、周囲をめぐる山巒さんらん、前面を圧する道志脈の右へ寄ったところに、富士が半身を現わしている。月はそれより左、青根の山の上へ高く鏡をかけているのであります。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
権之助も、身がまった。何とはなく、山巒さんらんの気と、坊舎の荘厳に打たれたのである。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
諏訪の盆地は隠れて見えず、鉢伏はちぶせ立科たてしなが後ろからのぞき、伊奈いな筑摩ちくま山巒さんらんが左右に走る。遠くは飛騨境ひだざかいの、槍、穂高、乗鞍等を雲際に望むところ。近くは犀川さいがわと、天竜川とが、分水界をなすところ。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この叛骨は、母胎を出た年に、平治の乱の兵火を見、あらゆると闘った母の強い意志を乳ぶさから吸い、やがて鞍馬の山巒さんらんと山法師にみに揉まれて、いよいよ烈しいものになりかけていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
血は義朝にうけ、気は山巒さんらんにうけた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)