小鼓こつづみ)” の例文
音色は緩やかな平和な調べをようやくに強め、ばちの音が水を切るように聞えたとき、極めて柔しい小鼓こつづみの音が、三絃の調べにからみ合った。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
その日の組能くみのうの何番目か、もう舞台はひらかれているらしい、遠く笛の音が聞える。大鼓おおかわ小鼓こつづみの大らかな響きが流れて来る。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紙の破れた格子窓からすぐに往来が見えていたが、その往来にたたずんで小鼓こつづみを打っている者がある。麟太郎は書物から目を上げて音のする方を眺めて見た。
開運の鼓 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
鈴木君は磐城亘理わたり小鼓こつづみ村の旧家の出で、それで号を鼓村こそんといっているが、今から百二十年ほど前の鈴木君の家へ、おりおりもらいにくる老人があった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かくて、謙信は、自ら好んでふくろの鼠となったようなものである。信玄大いに喜び、斥候を放って、妻女山の陣営を窺わせると、小鼓こつづみを打って謡曲『八島』を謡っている。
川中島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
柳橋やなぎばし船宿ふなやど主翁ていしゅは、二階の梯子段はしごだんをあがりながら、他家よそのようであるがどうも我家うちらしいぞ、と思った。二階の方では、とん、とん、とん、と云う小鼓こつづみの音がしていた。
鼓の音 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
田畑を隔てた、桂川かつらがわの瀬の音も、小鼓こつづみに聞えて、一方、なだらかな山懐やまふところに、桜の咲いた里景色さとげしき
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
朝を細き雨に小鼓こつづみおほひゆくだんだら染の袖ながき君
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
あはれ、いのちの小鼓こつづみの鳴の遠音とほね
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
留伊るい小鼓こつづみを打っていた。
鼓くらべ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「いや、城内は相かわらずで、深更まで狭間はざま明々あかあか燈火ともしびが望まれ、どうかすると濠水ほりみずに、悠長な能管のうかんの音や小鼓こつづみの鳴りひびいていたりすることもありますが」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
帰る際にその跡をつけた者があったが、山に入ると急に足早になり、たちまちにその影を見失った。小鼓こつづみ阿武隈あぶくまの川口であって、山は低いけれども峯は遠く連っている。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「阿波殿、少し酔ってまいられたかな?」と三位有村は、に落ちない顔をして小鼓こつづみを片寄せたが、ほかの三卿は、血を見ることを珍しげに端近はしちかしとねを進めた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ小鼓こつづみが一つそこに見えたが、それも飽かれたように部屋の中にほうり去られてあるに過ぎなかった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
隣り屋敷の小笠原隼人おがさわらはやとの奥では、今日も、大蔵流おおくらりゅう小鼓こつづみの音がしていた。世間、能流行のうばやりなのである。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
菩提山の裾野にも、城中の樹々の間にも、うぐいすの音がしげく聞える。また、どこかで小鼓こつづみも聞える。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
立って、猩々を舞うと、信長は小鼓こつづみを取って、自身、拍子ひょうしを打った。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
となかのひとりが、こころみにまた、かんぬきをガタガタゆすっていると、こんどは、その合図あいずがとどいたとみえて奥にもれていた小鼓こつづみがはたとやみ、同時に人の跫音あしおとがこなたへ近づいてくるらしい。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「馳走であった。……さい。あの小鼓こつづみをこれへよこせ」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)