奇矯ききょう)” の例文
彼の簡潔主義は一面このような節制を伴っていたのであり、これが彼を奇矯ききょうさや、奇矯さから来る退屈さから防いでいたことはあきらかだ。
チェーホフの短篇に就いて (新字新仮名) / 神西清(著)
それでは仮に以上のような奇矯ききょうの説が、一面の真理を含んでいるとしたら、実際に科学教育をどうするかという問題が出て来る。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
昔の探偵小説家、ことに英米、アングロサクソン系の作家が、いかに奇矯ききょうな手品的トリックを考え出したかというお話である。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
やや奇矯ききょうに失した私の民族起原論が、ほとんど完膚かんぷなく撃破せられるような日がくるならば、それこそは我々の学問の新らしい展開である。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この言葉は一応奇矯ききょうに聞こえるが、静かに考えると、非常に含蓄がんちくの深い、適切無比な形容詞であることに気がつくだろう。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
現に今日でも世界の人間の大多数に愛好されているのは、依然として正常健康な音楽であり、決して奇矯ききょう激越の調でないことは統計的にも明らかである。
望ましい音楽 (新字新仮名) / 信時潔(著)
きっと、これくらいには、大せつにまもられてはいると思ったが、こりゃまるで、はこいりむすめですねと、久しぶりでかれは奇矯ききょうの言葉をろうして見せた。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
次に堺氏が「ルソーとレーニン」および「労働者と知識階級」と題した二節の論旨を読むと、正直のところ、僕は自分の申し分が奇矯ききょうに過ぎていたのを感ずる。
片信 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼の足跡をつぶさにふりかえると、この想像も必ずしも奇矯ききょうではないようである。古狸よりは、むしろお人好しの然し図太いところもある平凡な偉人であったようだ。
家康 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
同時にその性状が奇矯ききょう頑強がんきょうである場合が多いから、学者と言っても同じく人間であるところの同学や先輩の感情を害することが多いという事実も争われないのである。
時事雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
さらにこの夜空のところどころにときどき大地の底から発せられるような奇矯ききょうな質を帯びた閃光せんこうがひらめいて、ことのかえ手のように幽毅ゆうきに、世の果ての審判しんぱんのように深刻に
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
平賀元義なる名は昨年の夏羽生はにゅう某によりて岡山の新聞紙上に現されぬ、しかれどもこの時世に紹介せられしは「恋の平賀元義」なる題号の下に奇矯ききょうなる歌人、潔癖ある国学者
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
兄ぎみ源三郎(光央みつなか)さまには、奇矯ききょうのおふるまい多しとて廃嫡され、そのため世子に直られたのであるが、御知能おくれたまえるおん身には、重責のわずらいいかばかりかと
若き日の摂津守 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
どうぞこういう言葉を私がただ奇矯ききょうな事を申すようにお思いなさらないで下さいまし。
かげろうの日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
私はことさらに奇矯ききょうな言を弄して、志賀直哉の文学を否定しようというのではない。
可能性の文学 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
といって金にたいするクリストフの奇矯ききょうな説を、真面目まじめに受け取ったわけではない。
理は明晰めいせきに、声は朗々、しかも何らの奇矯ききょうなく、激するなく、孔明は論じつづけた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平俗からも奇矯ききょうからも、同じ程度に遠ざかっているかれの才能は、広い公衆の信仰と、気むずかしい連中の、嘆賞と要求とをふくんだ関心を、同時にかちうるようにできあがっていた。
酩酊めいていした連中はげらげら笑いながら、そのそばに立ち止まると、口から出まかせに猥褻わいせつな冗談を言い始めた。と、突然一人の若い紳士が、まるでお話にもならぬ奇矯ききょうな問題を考えついた。
中川の言葉は奇矯ききょうなれども大原は深く感ずる事あり
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
これは私が好んでする奇矯ききょうな論法ではない。
能とは何か (新字新仮名) / 夢野久作(著)
たちまち奇矯ききょうな漱石氏に変ってしまった。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そこで弟の雑貨商が取調べを受けることになるが、結局、名探偵の奇矯ききょうな推理によって、兄弟入れかわりの真相が暴露するという話である。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この家はその奇矯ききょうな親子兄弟のんでゐた家だつた。雪子は話し終つて、ほつとして云つた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
少し奇矯ききょうな例であるが、山奥で道に迷った時、或る木を見て、これは人工の加わった枝ぶりだと知って、その方向に歩いて助ったとする。学問にはならなくても助る方がよい。
「東京の人は衣服を食っているか」と言った田舎いなかのある老人の奇矯ききょうな言葉が思い出される。
丸善と三越 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ベルリオーズの飛び離れた奇矯ききょうさは、ヘンリエッタ・スミスソンとの関係で絶頂に達した。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
この事実が肯定されるなら、私がクロポトキンやレーニンやについて言ったことは、奇矯ききょうに過ぎた言い分を除去して考えるならば、当然また肯定さるべきものであらねばならない。
片信 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
一見奇矯ききょうなこの言葉も、実は極めて当然な次の理由によるのである。
とこの先生折々奇矯ききょうの事を言う。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
復一はそこからはるばる眼の下に見える谷窪の池を見下して、奇矯ききょうな勇気を奮い起した。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
林助手は就職もなかったけれど、博士の奇矯ききょうな言動には、もう慣れっこになっていた。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし単に説の奇矯ききょうであり、常識的に考えてありそうもないというだけの理由から
私などは悪い弟子で、それが少しこじれて、時々奇矯ききょうの言をろうして損をすることもあるが、神聖なものに対する畏敬の念という一番大事なものを教わったことをいつも内心では喜んでいる。
あいも変らず奇矯ききょうなる一家言かげん
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
その所業の残忍、その計画の奇矯ききょう、到底常人の想像し得る所ではなかった。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)