太祖たいそ)” の例文
それはすでに太祖たいそ武帝(曹操のおくりな)がく観破して仰せられていたことです。——司馬懿は鷹のごとく視て、狼の如く顧みる——と。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
河南のいんを勤めている張全義ちょうぜんぎという人に尊敬されていましたが、あるとき張全義がりょう太祖たいそと一緒に食事をしている際に、太祖は魚のなますが食いたいと言い出しました。
その略に曰く、太祖たいそ升遐しょうかしたまいておもわざりき大王と朝廷とげきあらんとは。臣おもえらく干戈かんかを動かすは和解にかずと。願わくは死を度外に置きて、親しく大王にまみえん。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
今一例を挙ぐれば、明の太祖たいそが天下を一統したる後に、太祖と年月日時を同じくして生まれたるものは、いかなる生活をなしおるかを知らんと思い、あまねくたずねけるに、一人を探り得たり。
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
「ああ、思い出した。それじゃあ、なんでも滄州の近郊には、そう太祖たいそ武徳皇帝のお墨付すみつきを伝来の家宝に持っているどえらい名家があると聞いたが」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
太祖たいそみんもといを開くに前後しておおいいきおいを得、洪武五年より後、征戦三十余年、威名亜非利加アフリカ欧羅巴ヨウロッパに及ぶ。帖木児チモルは回教を奉ず。明のはじめ回教の徒の甘粛に居る者を放つ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「——太祖たいそ武徳皇帝いらい、定めおかれた刑法の一として、牢城初入りの流人るにんには、一百の殺威棒をくだすおきてだぞ。——それっ者ども、叩きのめせ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
洪武こうぶ二十三年、太祖たいその命を奉じ、諸王と共に元族げんぞく漠北ばくほくに征す。秦王しんおう晋王しんおうきょにしてあえて進まず、王将軍傅友徳ふゆうとく等を率いて北出し、迤都山いとさんに至り、其将乃児不花ナルプファとりこにしてかえる。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
代々この地方に住んではいるが、祖先は金枝玉葉きんしぎょくようの出であり、そう太祖たいそ丹書鉄券おすみつきも家に伝えられている。——「ご存知ないか?」その迂愚うぐあざけったのである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
故曹操にはまた「太祖たいそ武徳皇帝」とおくりなされた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)