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堅田
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かただ
ふりがな文庫
“
堅田
(
かただ
)” の例文
鐘は鉄面皮にもいつもよりは大きい声で、
喚
(
わめ
)
くやうに鳴つた。困つたのは
堅田
(
かただ
)
の
落雁
(
らくがん
)
で、幾度往つて見ても雁はそこらに見えなかつた。
茶話:04 大正七(一九一八)年
(新字旧仮名)
/
薄田泣菫
(著)
みんなが喜んでるうちに、ひとり、
堅田
(
かただ
)
の顔長の長彦は、だんだん考えこんできました。しだいにお金に困ってきたのです。
長彦と丸彦
(新字新仮名)
/
豊島与志雄
(著)
いま京都に家を持っているが、海北友松は、
江州
(
ごうしゅう
)
堅田
(
かただ
)
の人。つまり光秀の領する坂本城の近くに生まれた
由縁
(
ゆかり
)
をもっている。
新書太閤記:06 第六分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
この家の三代前弥兵衛という御先祖さまが
堅田
(
かただ
)
から移したもんだ、二本柳から横橋までの五町が活け場になっている、その五町の上下に
標
(
しるし
)
を打って
蜆谷
(新字新仮名)
/
山本周五郎
(著)
人里の夜の燈火のむれがどんなに此の山の上からは心を惹くか知れない。そこは八景の一つに數へられてゐる
堅田
(
かただ
)
の町であつた。堅田の町、秋ならば雁の降りる處。
湖光島影:琵琶湖めぐり
(旧字旧仮名)
/
近松秋江
(著)
▼ もっと見る
後にわかったのは、
薬研堀
(
やげんぼり
)
にいた
妾
(
ひと
)
は、日本橋区
堀留
(
ほりどめ
)
の、杉の森に住んでいた
堅田
(
かただ
)
という
鳴物師
(
なりものし
)
の妹だった。今でも二絃琴の鳴物は、
鼓
(
つづみ
)
の望月
朴清
(
ぼくせい
)
の娘初子が
総帥
(
そうすい
)
である。
旧聞日本橋:18 神田附木店
(新字新仮名)
/
長谷川時雨
(著)
農商務大臣と製鉄所長官の首を一度に絞めて、前内閣を引っくり返した
堅田
(
かただ
)
検事総長から、
懐刀
(
ふところがたな
)
と頼まれている斎木検事正のお耳に、この話が
這入
(
はい
)
ったとなると問題だろう。
爆弾太平記
(新字新仮名)
/
夢野久作
(著)
唐崎
(
からさき
)
はあの辺かなど思えど身地を踏みし事なければ
堅田
(
かただ
)
も石山も
粟津
(
あわづ
)
もすべて判らず。
東上記
(新字新仮名)
/
寺田寅彦
(著)
高い比良の山影が
映
(
うつ
)
るふかい水底にもぐろうとするが、身をかくすこともむつかしく、夜ともなれば
堅田
(
かただ
)
の
漁火
(
いさりび
)
にひとりでにひきよせられて近寄って行くのも、まるで夢心地でした。
雨月物語:02 現代語訳 雨月物語
(新字新仮名)
/
上田秋成
(著)
いつか都を離れて近江国
堅田
(
かただ
)
の浦まで来た時、大納言は泣くなくこう詠んだ。
現代語訳 平家物語:12 第十二巻
(新字新仮名)
/
作者不詳
(著)
水鳥の群の中を分け、一筋白い
水脈
(
みお
)
を曳き。……そこで白拍子は
詠
(
うた
)
いました。『鳥をわけて朝妻船も過ぎぬれば同じ水脈にぞまた帰りぬる』こうして
堅田
(
かただ
)
へ着きました。壺に涙が溜まりました。
神州纐纈城
(新字新仮名)
/
国枝史郎
(著)
十一月六日
近江
(
おうみ
)
、
堅田
(
かただ
)
、中井余花朗邸宿泊。
六百五十句
(新字新仮名)
/
高浜虚子
(著)
鞍馬
(
くらま
)
の夜叉王は、鞍馬山のおくにいる
賊
(
ぞく
)
のかしらでした。
堅田
(
かただ
)
の
観音様
(
かんのんさま
)
の像のことをきいて、悪いことをたくらみました。
長彦と丸彦
(新字新仮名)
/
豊島与志雄
(著)
これは
堅田
(
かただ
)
から石山あたりに、いまなお
蠢動
(
しゅんどう
)
している僧門内の、反信長勢力を
駆逐
(
くちく
)
し、途中の諸処に構築中の木戸
防寨
(
ぼうさい
)
などを
撃砕
(
げきさい
)
してゆくものだった。
新書太閤記:04 第四分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
とにかく
堅田
(
かただ
)
、
野洲
(
やす
)
川河口の長沙以南の湖畔の景致は産業文明のために夥しく損傷されて、昔の詩人騷客を悦ばしめた風景の跡は徒に過去の夢となつてしまつてゐる。水も底が泥で汚く濁つてゐる。
湖光島影:琵琶湖めぐり
(旧字旧仮名)
/
近松秋江
(著)
兎も角も先
道連
(
みちづれ
)
に成申さんとて是より彼の男と
同道
(
どうだう
)
して行程に彼旅人は
旅馴
(
たびなれ
)
たる者と見えて此邊の名所々々知らざる處もなく
此處
(
こゝ
)
に見ゆるが
比良
(
ひら
)
の高嶺彼處が三井寺
堅田
(
かただ
)
石山などと案内者の如く
教
(
をし
)
ふるにぞ友次郎夫婦は
我知
(
われし
)
らず面白き事に思ひ猶樣々に此處は
何
(
なに
)
彼處
(
かしこ
)
は
大岡政談
(旧字旧仮名)
/
作者不詳
(著)
むかし、
近江
(
おうみ
)
の国、
琵琶湖
(
びわこ
)
の西のほとりの
堅田
(
かただ
)
に、ものもちの家がありまして、そこに、ふたりの兄弟がいました。
長彦と丸彦
(新字新仮名)
/
豊島与志雄
(著)
そして、その返辞のように、
堅田
(
かただ
)
や石山方面の——京にはいる通路へ木戸や
防寨
(
ぼうさい
)
を築いていたものである。
新書太閤記:04 第四分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
訊問
(
じんもん
)
によってわずかに彼が知り得たところによると、内蔵助利三は十三日山崎に敗れた後は子息の利光や
三存
(
みつよし
)
とも別れ別れになり、
江州
(
ごうしゅう
)
堅田
(
かただ
)
の民家にひそんでいたところを捕えられたものである。
新書太閤記:08 第八分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
堅
常用漢字
中学
部首:⼟
12画
田
常用漢字
小1
部首:⽥
5画
“堅田”で始まる語句
堅田浦