なごや)” の例文
この温い自然の懐中ふところに、若い良寛さんは生活をはじめた。しかし良寛さんの心は、温いなごやかな玉島にすぐつくわけにはいかなかつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
もう少し角だてずにやさしくなごやかに解決がつくべき筈だ。彼女の生活と母親の生活が合ふ筈のないことは誰にも解ることである。
ウォーレン夫人とその娘 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
襟へ落ちる柔かい春の陽、梅の匂ひに燻釀くんぢやうされたなごやかな風、すべてが靜かに、平和に、そして一脈のさびをさへ持つた情景でした。
心置きなきなごやかな光が、別に理由を説明するでもないが、何だか、『左樣ではありませぬ』と主張して居る樣に見える。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
なごやかな春の野に娘等を配し、それが野菜を煮ているところを以て一首を作っているのが私の心をいたのであった。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「君のところは色彩があっていゝな。僕の方は荒っぽいのが揃っている。とてもこんななごやかな風光は見られない」
四十不惑 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
春の野に似てなごやかな南の岡は湖のかなたに波うち、そこにほとほとと模様をおいた灌木、はんの木の小村へかよう小路、草を負うた馬や人のとおるのもみえる。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
と博士はニヤニヤと両頬にみをうかべながら諧謔かいぎゃくろうして着座したので、最初のうちは顔色をかえた会員も、哄笑こうしょうに恐怖をふきとばし、一座はなごやかな空気にかえった。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
書紀にしるされた全般をいまここに詳述は出来ないが、現今の斑鳩の里がもたらすなごやかな風光からは想像も及ばぬ。諸々もろもろのみ仏の大らかに美しいのが不思議なほどである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
すずしい、なごやかな、しかも力のこもった学士の肉声から伝わって来る感覚は捨吉の胸を騒がせた。それを彼はポーと熱くなって来たり、また冷めて行ったりするような自分の頬で感じた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「にぎ」は「にぎ」であり、「て」は「たへ」即ち梶で、「なごやかな梶布かじぬの」のことである。布帛であるが、こゝに梶紙の濫膓があつたと思へる。弊帛即ち「みてぐら」に白紙を用ゐ始めてから既に久しい。
和紙の教へ (新字旧仮名) / 柳宗悦(著)
学生の演説会の時なんか、そばで見ていると、まるで喧嘩けんかでもしているような態度です。私はいつもその男に「和顔愛語わげんあいご」という、菩薩の態度を話したことです。和顔とは、やさしいなごやかな顔つきです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
襟へ落ちる柔かい春の陽、梅の匂いに薫醸くんじょうされたなごやかな風、すべてが静かに、平和に、そして一脈のさびをさえ持った情景でした。