古物こぶつ)” の例文
長柄の橋の鉋屑にはひどく恐れ入つて歸つたが、あの人のことだから、きつと負けない氣になつて、なにか又不思議な古物こぶつを持つてくるに相違ない。
能因法師 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
吾等が心情は已に古物こぶつとなつた封建時代の音楽に取りがらうには余りに遠く掛け離れてしまつたし、と云つて逸散いつさんに欧洲の音楽におもむかんとすれば
黄昏の地中海 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
不精で剃刀かみそりを当てないから、むじゃむじゃとして黒い。胡麻塩頭ごましおあたまで、眉の迫った渋色の真正面まっしょうめんを出したのは、苦虫と渾名あだな古物こぶつ、但し人のおとこである。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「こわしてしまったんだよ。ガタ/\の古物こぶつだからもう修繕がかない。新しいのを買えば二万円かゝる。二月三月食わないでいなければならないからね」
田園情調あり (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
さてしかし骨董という音がどうして古物こぶつの義になるかというと、骨董は古銅こどう音転おんてんである、という説がある。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「それよりかさ、あの帽子が古物こぶつだぜ——」と、思わず口へ出して云いかけた、丁度その時である。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
祖父は毎朝コゼットへ何かの古物こぶつを必ず贈った。あらゆる衣裳が彼女のまわりに燦爛さんらんと花を開いた。
寒月君、君のヴァイオリンはあんまり安いから鼠が馬鹿にしてかじるんだよ、もう少しいいのを奮発して買うさ、僕が以太利亜イタリアから三百年前の古物こぶつを取り寄せてやろうか
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
是等に關する古物こぶつ遺跡に付いて見聞けんぶんを有せらるる諸君しよくん希くは報告のらうを悋まるる事勿れ。(完)
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
秦の士に古物こぶつを好むものがあつた。魯の哀公のむしろを買はむがために田を売り、太王ふんを去る時のさくを買はむがために家資を傾け、舜の作る所の椀を買はむがために宅を売つた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
満ちてゐるのは、ぼろぼろの古物こぶつ
いや作平さん、狐千年をれば怪をなす、わっし剃刀研かみそりとぎなんざ、商売往来にも目立たねえ古物こぶつだからね、こんな場所がらじゃアあるし、魔がさすと見えます。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いや、むこ殿どのがあれをの無いものに大事にして居らるるはかねて知ってもおるが、……多寡が一管の古物こぶつじゃまで。ハハハ、何でこのわし程のものの娘の生命いのちにかかろう。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あるいはその毛利先生に対する侮蔑は、丹波先生の「あの帽子が古物こぶつだぜ」によって、一層然るべき裏書きをほどこされたような、ずうずうしさを加えていたとも考える事が出来るであろう。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
君は人間の古物こぶつとヴァイオリンの古物こぶつと同一視しているんだろう。人間の古物でも金田某のごときものは今だに流行しているくらいだから、ヴァイオリンに至っては古いほどがいいのさ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
……いまのおんな門外もんそとまで、それを送ると、入違いに女中が、端近はしぢかへ茶盆を持って出て、座蒲団をと云った工合で?……うしろに古物こぶつ衝立ついたてが立って、山鳥やまどりの剥製が覗いている。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「そいつは古物こぶつだね。ヴァイオリンとは少し調和しないようだ。ねえ東風君」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)