刎返はねかえ)” の例文
押して出ると、不意にすごい音で刎返はねかえした。ドーンと扉の閉るのが、広い旅館のがらんとした大天井から地の底まで、もっての外に響いたのである。
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この間まで丸で朝鮮人見たような奴が、恐ろしい権幕をもって呉れる物を刎返はねかえして、伯夷はくい叔斉しゅくせいのような高潔の士人に変化へんかしたとは、何と激変ではあるまいか。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
相手が上にのし掛ったのを、又兵衛素早く腰刀を抜いて、二刀まで刺して刎返はねかえしたので、流石さすがの剛の者も参って仕舞った。武田の弓隊長弓削ゆげ某と云う者だと伝える。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
刎返はねかえした重い夜具へ背をよせかけるように、そして立膝たてひざした長襦袢ながじゅばんの膝の上か、あるいはまた船底枕ふなぞこまくらの横腹に懐中鏡を立掛けて、かかる場合に用意する黄楊つげ小櫛おぐしを取って先ず二、三度
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
折々おりおりぴしりぴしりと生木の刎返はねかえる音がして、そのたびに赤い火花が散った。
捕われ人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
大井おおい狼狽ろうばいしたと云うよりも、むしろ決断に迷ったような眼つきをして、狡猾ずるそうにちらりと俊助しゅんすけの顔をうかがった。が、その眼が俊助の冷やかな視線に刎返はねかえされると、彼は急に悪びれない態度で
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
(半ば刎返はねかえし)いけねえいけねえ、ここへ来ちゃあいけねえ。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
とやっと根こそぎにへやを離れた。……ひらきうしろざまに突放せば、ここが当やかたの関門、来診者の出入口で、建附に気をけてあるそうで、刎返はねかえって、ズーンと閉る。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
砂の上に唯一人やがて星一つない下に、果のない蒼海あおうみの浪に、あわれ果敢はかない、弱い、力のない、身体単個ひとつもてあそばれて、刎返はねかえされて居るのだ、と心着こころづいて悚然ぞっとした。
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
め組が刎返はねかえした流汁の溝溜どぶだまりもこれがために水澄んで、霞をかけたる蒼空あおぞらが、底美しく映るばかり。先祖が乙姫に恋歌して、かかる処に流された、蛙の児よ、いでや、柳の袂に似た、君の袖にすがれかし。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)