あたり)” の例文
「斯うしていても際限きりがないから、……私、最早もう帰りますよ。じゃこれで一生会いません。」と、あたりを憚るように、低声こごえで強いて笑うようにして言った。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
拾ひ取眞向まつかうより唐竹割からたけわり切下きりさげたれば何かは以てたまるべき宅兵衞は聲をも立ず死したりけり吾助は一いきついあたりを見廻し宅兵衞が懷中ふところ掻探かきさぐ持合もちあはせたる金子五兩二分を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
見あげると、太い杉の木かげに、すくすくと伸びあがつた古い藤蔓が、さながら女の取り乱したやうに茎を垂れ、葉を垂れて、細長い腕を離れじとばかりあたりの樹々に纏ひかけてゐる。
森の声 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
その大胆らしい界の線をくもりのない夕空に画き、時としては、近きあたりの森には、雲も烟も見えぬに、その巓は、鼠色の霧のを掛けられ、西山に這入り掛つた夕日の、最後の光に触れて
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
かれそのあたり遊行あるきて、そのうたげする日を待ちたまひき。
女は枕に顔を伏せながら、それには答えず、「はあ……」と、さも術なそうな深い太息ためいきをして、「だから、私、男はもう厭!」あたりを構わず思い入ったように言った。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
見て心中に點頭うなづき時分はよしと獨り微笑ほゝゑあたりを見廻せばかべに一筋の細引ほそびきを掛て有に是屈竟くつきやう取卸とりおろし前後も知らず寢入ねいりしばゝが首にまとひ難なくくゝり殺しかね認置みおきし二品をうばとり首に纒ひし細引ほそびき
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)