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ひやうぎ
最も
振つて
居たのは三十六
年一
月元旦で、
此日年始に
來た
幻花子は、
掘初めをすると
云つて
唯一人で
出掛けたのを、
後から、
靜灣、
佳水、
天仙、
望蜀、
古閑、
狹衣、
活東の七
人と
評議の
上
それより
海岸の
家は
沸くが
如き
騷ぎで、
種々評議の
結果、
此危急を
救ふには、
輕氣球を
飛ばすより
他に
策は
無いといふ
事に
定つたが、
氣球を
作る
事は
容易な
業ではない、
幸にも、
材料は
甞て
斯て江戸高輪の
旅館出來の由
書状到來せしかば一同に
評議の上早々江戸下向と決し用意も既に
調ひしかば諸司代
牧野丹波守殿へ使者を以て此段を