阿弥陀如来あみだにょらい)” の例文
旧字:阿彌陀如來
本地垂跡ほんじすいじゃくなぞということが唱えられてから、この国の神は大日如来だいにちにょらい阿弥陀如来あみだにょらい化身けしんだとされていますよ。神仏はこんなに混淆こんこうされてしまった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
正面に安座まします人間大の黒い阿弥陀如来あみだにょらいの像は、和尚の差し出した蝋燭の灯に、一層いかめしく照し出された。
死体蝋燭 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
その寺の中に入って阿弥陀如来あみだにょらいを見ますると純粋に光沢ある白い宝石をもってその如来を造ってある。チベット人の技術としては大変立派に出来て居ります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
良寛 (笈をひらいて見る)おゝ阿弥陀あみだ様のお像がこわれています。(小さな阿弥陀如来あみだにょらいの像を取り出す)
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
昔、親鸞がこの寺に来て滞在しいよいよ帰ろうという日に、出立でたちの膳の箸を取って、御堂の庭にさしました。阿弥陀如来あみだにょらいの大慈大悲には、枯れた木も花が咲く。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「熊野権現の本地ほんち阿弥陀如来あみだにょらい、願わくは、摂取不捨せっしゅふしゃの本願をば誤たず、浄土へお導き下さい。又、都に残った妻や子がこれから一生安穏に暮せるようお護り下さい」
と、たった一つの阿弥陀如来あみだにょらいをすえて見せたら、さぞ胸がすくであろうと常に思っているほど、その勢力と扮装に、内心唾棄だきしたいほどのものを抱いているのだった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その廚子の上には経文きょうもんと一しょに、阿弥陀如来あみだにょらいの尊像が一体、端然と金色こんじきに輝いていました。これは確か康頼やすより様の、都返りの御形見おかたみだとか、伺ったように思っています。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
卜筮ぼくぜいを信じ、父母の大病に按摩あんまの説を信じて草根木皮を用い、娘の縁談に家相見かそうみの指図を信じて良夫を失い、熱病に医師を招かずして念仏を申すは阿弥陀如来あみだにょらいを信ずるがためなり。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
奥の正面には、西をうしろにして木像の阿弥陀如来あみだにょらいが立っており、その前に、にぎやかな仏壇ぶつだんがこしらえてあった。電灯を利用したみあかしが、古ぼけた銀紙製ぎんがみせいはすの造花を照らしていた。
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
とこの間と、くろがきの大黒柱を境にしてならんでいる仏壇の奥に、金色きんしょく燦然さんぜんたる阿弥陀如来あみだにょらいが静まりかえって、これも黄金おうごん蓮台れんだいのうえに、坐禅を組んでいる。その下に、朱塗りの袋戸棚がある。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
ことごと肯綮こうけいに当るばかりでなく、最も侯爵を喜ばせたのは、幾百万の金銭にも換え難き名宝として珍蔵せる、藤原ふじわら時代の極彩色ごくさいしき仏画「閻魔天像えんまてんぞう」と、同時代の作、木造塗箔の阿弥陀如来あみだにょらい坐像との前に
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
阿弥陀如来あみだにょらいを呼びかけた。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
私は始めに西隅にあるニェンボ・リーゾンという阿弥陀如来あみだにょらいまつってある寺に参詣しました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「——なむあみだぶつ」と、御堂の中の阿弥陀如来あみだにょらいへ向って、外から礼をして通った。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして本尊に、御自身の念持仏ねんじぶつ——胸にまんじの彫ってある阿弥陀如来あみだにょらい像をおさめて——今生の衆生しゅじょう結縁けちえんと、来世の仏果ぶっかのために施与せんというのが、安楽寿院創建の御願ぎょがんとされるところらしい。