野蒜のびる)” の例文
しばらくして石の巻に着す。それより運河に添うて野蒜のびるに向いぬ。足はまたれ上りて、ひとあしごとに剣をふむごとし。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
丘はまだはだら雪で蔽われているのに、それを押しのけるようにして土筆つくしが頭をだす。去年こぞの楢の枯葉を手もて払えば、その下には、もう野蒜のびるの緑の芽。
葡萄蔓の束 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
まだ北風の寒い頃、子を負った跣足はだしの女の子が、小目籠めかいと庖刀を持って、せり嫁菜よめななずな野蒜のびるよもぎ蒲公英たんぽぽなぞ摘みに来る。紫雲英れんげそうが咲く。蛙が鳴く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
桜、野地に角組つのくむ萩、泥洲に蘆のつの。すみれ、野蒜のびる摘み。野菜畑に茫々と花茎が立ち、藤、牡丹のはつ夏。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
宮城県北村小学校長斎藤荘次郎氏が筆者にあてて報告されたところによると、津浪の一両日前に同県石巻と野蒜のびるの間の海でとれたイワシが泥を呑んでいたそうである。
地震なまず (新字新仮名) / 武者金吉(著)
先づ野蒜のびるを取つてたべた。これは此處に越して來た時から見つけておいたもので、丁度季節なので三月の初め掘つて見た。少し過ぎる位ゐ肥えてゐた。元來此處の地所は昨年の春までは桃畑であつた。
家のめぐり (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
いざ子ども 野蒜のびる摘みに
ようやくある家にて草鞋を買いえて勇をふるい、八時半頃野蒜のびるにつきぬ。白魚の子の吸物すいものいとうまし、海の景色もめずらし。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
花は兎に角、吾儕われら附近あたりは自然の食物には極めて貧しい処である。せり少々、嫁菜よめな少々、蒲公英たんぽぽ少々、野蒜のびる少々、ふきとうが唯三つ四つ、穫物えものは此れっきりであった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
さあおまえたち、野蒜のびるみに
自分も一の球を取って人々のすがごとくにした。球は野蒜のびるであった。焼味噌の塩味しおみ香気こうきがっしたその辛味からみ臭気しゅうきは酒をくだすにちょっとおもしろいおかしみがあった。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)