蓴菜じゅんさい)” の例文
萌黄もえぎ色に見える火の光ともまた見ようによっては蓴菜じゅんさいの茎のようにも見えるものが、眼の前に一めんに立っているように思われてきた。
萌黄色の茎 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そのほか、私の正面には、ルセアニア人の羸弱フラジルな眼鼻立ちがあった。彼は、くびへ青い血管を巻いて、蓴菜じゅんさいのような指を組んでいた。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
ちょうど味噌汁の中に入れた蓴菜じゅんさいのように、寒天の中に入れた小豆粒あずきつぶのように、冷たい空気の大小の粒が交じって
白い細い茎に、蒼白い葉の二、三枚と網のような青い根、それに、毒を帯びてくると紅い小さな蕾を持つ、ちょっと見たところ蓴菜じゅんさいのような植物であった。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
うぐい蓴菜じゅんさいの酢味噌。胡桃くるみと、飴煮あめにごりの鉢、鮴とせん牛蒡ごぼうの椀なんど、膳を前にした光景が目前めさきにある。……
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
沼越しに躑躅の丘山が見渡せる料亭の二階で、この沼でれるという鮒、うなぎ、蓴菜じゅんさいが主品の昼の膳に向っていますと、どこからかひなびた三味線が聞えて来ます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ただひとりで、雨に濡れながらとぼとぼと、蓴菜じゅんさいひしの浮かんだ池の傍を通る時には、廃都にしめやかな雨の降るごとく君の心にもしめやかな雨が降ったことでしょう。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
蓴菜じゅんさい、そのほか薬草、食糧、染料などのになる植物などもみな、老公が学問を学問するに止まらず、農民の生活と、藩の生産を考え合せて、実政策に具現したものであった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
青森あおもりあたりだとききました、越中えっちゅうから出る薬売りが、蓴菜じゅんさいいっぱい浮いて、まっさお水銹みずさびの深い湖のほとりで午寐ひるねをしていると、急に水の中へ沈んでゆくような心地こころもちがしだしたので
糸繰沼 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
勿論もちろん進歩を愛するけれども、上述の如く水に漂う蓴菜じゅんさいの一葉も、これを引けば千根万根せんこんばんこん錯綜さくそうして至るにも似たる長き連鎖の中に在るものであるから、およそ如何いかなる制度、文物、倫理、道徳、風俗
現代の婦人に告ぐ (新字新仮名) / 大隈重信(著)
上の方は微月うすづきがさしたようにぼうと明るくなっていて、そこには蓴菜じゅんさいのように円いものが一めんに浮んだようになっていた。
萌黄色の茎 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
去年の正月ある人に呼ばれて東京一流の料亭で御馳走になったときに味わった雑煮は粟餅に松露しょうろ蓴菜じゅんさい青菜あおなや色々のものを添えた白味噌仕立てのものであったが
新年雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
蓴菜じゅんさいからんだようにみえたが、上へ引くしずくとともに、つるつるとすべって、もうなんにもなかった。
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
中宮寺を出てから法輪寺ほうりんじへまわった。途中ののどかな農村の様子や、蓴菜じゅんさいの花の咲いた池や、小山の多いやさしい景色など、非常によかった。法輪寺の古塔、眼の大きい仏像なども美しかった。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
濡れた肩を絞って、しずくの垂るのが、蓴菜じゅんさいに似た血のかたまりの、いまも流るるようである。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)