葭戸よしど)” の例文
古ぼけた葭戸よしどを立てた縁側のそとには小庭こにわがあるのやらないのやら分らぬほどなやみの中に軒の風鈴ふうりんさびしく鳴り虫がしずかに鳴いている。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それから壁には何百とも知れぬ講談の速記本がつまつてゐる。最後に古い葭戸よしどのかげには梅干を貼つた婆さんが一人、内職の花簪はなかんざしこしらへてゐる。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
格子のなかの上がり口には新らしい葭戸よしどが半分しめてあったが、台所と奥とのあいだの障子は取り払われて、六畳くらいの茶の間はひと目に見通された。
半七捕物帳:35 半七先生 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
三分の二ほど登ると社長室の葭戸よしどが見えた。葭戸を透して外光が階段にもさして足許が大分明るくなった。
一本の花 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
この名望家の令嬢で、この先生の令閨れいけいで、その上音楽の名手と謂えば風采のほども推量おしはかられる、次のへや葭戸よしど彼方かなた薔薇ばらかおりほのかにして、時めく気勢けはいはそれであろう。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あるいはすだれを透き、あるいは葭戸よしどに照り映えている燈火のいろは、夫婦かけ向いの、そうでなければ親子水入らずの、そうした人交ぜしない、優しい、しみじみした生活のこの世にあることを
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
上ずった涙ぐんだ声でお神さんが、葭戸よしどの向こうへこう声を掛けた。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
あさ子 母さん、もう葭戸よしどを入れなくちゃ、駄目ね。
みごとな女 (新字新仮名) / 森本薫(著)
葭戸よしどはめぬ絶えずこぼれる水の音
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
古ぼけた葭戸よしどを立てた縁側えんがはそとには小庭こにはがあるのやら無いのやらわからぬほどなやみの中にのき風鈴ふうりんさびしく鳴り虫がしづかに鳴いてゐる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
天井の電燈や後の葭戸よしどが映っている——そこへ一瞬間、見慣れない人間の顔が映ったのです。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
広くもない家であるから、案内の声はすぐに奥にきこえて、延津弥は入口の葭戸よしどをあけた。
廿九日の牡丹餅 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ふすまも畳も天井も黄昏たそがれの色がこもったのに、座はただ白け返った処へ、一道の火光さっ葭戸よしどを透いて、やがて台附の洋燈ランプをそれへ、小間使の光は、団扇を手にしたまま背向うしろむきになっている才子のかたわら
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
伸子は、夫が答える顔を見ていられず、暗い廊下の葭戸よしどの方を眺めた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
酒楼しゅろうのぼりてもよる少しくけかかると見れば欄干らんかんに近き座を離れて我のみ一人葭戸よしどのかげに露持つ風を避けんとす。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
葭戸よしどこそもう唐紙からかみに変つてゐたが、江戸に未練の残つてゐる夏は、手すりに下つてゐる伊予簾いよすだれや、何時からか床に掛け残された墨絵の滝の掛物や、或は又二人の間に並べてある膳の水貝や洗ひなどに
鼠小僧次郎吉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
先ず縁側えんがわ呉座ござを敷いた。四畳半へは毛布を敷いた。そして真中に食卓をえた。長火鉢は台所へ運んで、お袋と姉とは台所へ退却した。そして境界に葭戸よしどを立てた。
深川の散歩 (新字新仮名) / 永井荷風(著)