“苧(お)” の例文
われら幼き時さえ、隣のおばさん物語りて——片山里にひとり寂しく棲(す)む媼(おうな)あり。屋根傾き、柱朽ちたるに、細々と苧(お)をうみいる。
遠野の奇聞 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
老女の変態愛は自分も相当に疲れて居ながら新吉を最後の苧(お)がらのように性の脱けたものにするまで疲れさせねば承知出来なくなって居た。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「苧(お)と橙(だいだい)と笠と柿を売物にして、『親代々瘡(かさ)っかき』と呼んだというのは小噺(こばなし)にあるが、それとは少し違うようだな、八」
この二人が相談をして、めいめい一枚の麻(あさ)のきものをこしらえようということにきめ、苧(お)の糸を績(う)みはじめた。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「はい。ありがたい事に達者で——針も持ちます、苧(お)もうみます、御団子(おだんご)の粉(こ)も磨(ひ)きます」
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし何様あっても此(この)儘(まま)に帰ったのでは何の役にも立たぬ。これでは何様あっても帰れぬのである。苧(お)ごけの中に苧は一杯あるのだが、抽出(ひきだ)して宜い糸口が得られぬ苦みである。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
第一には一束の麻を苧(お)んで紡いで機に織って、一すじの縞の帯を作ったもの、第二には畳の上にいちめんに引き伸ばした真綿の上を新草履で、わたってすこしも足に綿を絡み着けぬもの
東奥異聞 (新字新仮名) / 佐々木喜善(著)
その他、正月の飾り物には苧(お)と橙(だいだい)、小判、餅等なり。これ、親代々金持ち(緒や橙金餅)を祝するの意なりという。ある地方にありては、元日の雑煮中に必ず芋(いも)の頭(かしら)を入れてこれを食うといえり。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
言語には晴々しい北国(ほっこく)の音響があって、異様に聞える。人種も異様である。驚く程純血で、髪の毛は苧(お)のような色か、または黄金色(こがねいろ)に光り、肌は雪のように白く、体は鞭(むち)のようにすらりとしている。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
ともすれば沈(しずむ)灯火(ともしび)かきかきて苧(お)をうむ窓に霰(あられ)うつ声
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
「一番上、右の方にブラ下げたのは苧(お)だよ。その次は紐だが輪にして端(はじ)っこを結んであるじゃないか。その下は髢だ。これを続けて読んで御覧」
それで同じひとつかみの麻の苧(お)でも、細くさけば糸が長く、したがって長い布が織れるが、下手(へた)にあらあらしく太く取ってしまうと、地(じ)の厚い布はできても寸尺(すんしゃく)は足りなくなるのである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
越後(えちご)の七ふしぎの一つなる弘智法印(こうちほういん)の寺などでも、毎年四月八日の御衣(おころも)がえという日に、もとは海べ七浦の姥子(うばこ)たち、おのおの一つかみずつの苧(お)を持ちよって、一日のうちに紡(う)み績(つむ)ぎ織(お)り縫って
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「苧(お)と襷(たすき)と髢(かもじ)をブラ下げて、『おたすけ』は嬉しかったな」