“聞人”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
ぶんじん45.5%
なたかきひと18.2%
もんじん9.1%
きゝて9.1%
ききて9.1%
きくひと9.1%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
川上宗壽は茶技の聞人(ぶんじん)である。宗壽は宗什(そうじふ)に學び、宗什は不白に學んだ。安永六年に生れ、弘化元年に六十八歳で歿したから、此手紙の書かれた時は五十二歳である。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
葵亭翁は蒲原郡(かんばらごほり)加茂明神の修験(しゆげん)宮本院名は義方吐醋(よしかたとさく)と号(がう)し、又無方斎(むはうさい)と別号(べつがう)す、隠居(いんきよ)して葵亭(きてい)といふ。和漢(わかん)の博識(はくしき)北越の聞人(なたかきひと)なり。芭蕉が件(くだん)の句ものに見えざればしるせり。
生才学(なまさいがく)にて此(こ)の長栄不朽(ちやうえいふきう)の計画(けいくわく)のなるべきや、気を取りにくき聞人(もんじん)の気をよく取りて皆(みな)我用(わがよう)となしたるは、多く得(え)がたき才物(さいぶつ)なり、もし戦国(せんごく)の時(とき)にあらば、うまく英雄の心を攬(と)りて
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
誰(たれ)も聞人(きゝて)は居りません、さて段々貴方にも御心配を掛けました宅(うち)の半治も、一体女郎屋の弟で廻船問屋のお嬢様(じょうさん)を女房にするなどは出来ない事で
「相対(あいたい)では私がどんな我儘なことを云うかも知れないからお増は聞人(ききて)になってくれ。民子はゆうべ一晩中泣きとおした。定めし私に云われたことが無念でたまらなかったからでしょう」
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
聞人(きくひと)なげに遠慮(ゑんりよ)なき高聲(たかごゑ)、福(ふく)も相槌(あひづち)例(れい)の調子(てうし)に、もう一ト働(はたら)きやつて除(の)けよう、安(やす)さんは下廻(したまは)りを頼(たの)みます、私(わたし)はも一度(ど)此處(こゝ)を拭(ふ)いて、今度(こんど)はお藏(くら)だとて、雜巾(ぞうきん)がけしつ/\と始(はじ)めれば
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)