“修験”のいろいろな読み方と例文
旧字:修驗
読み方割合
しゅげん80.0%
しゆげん20.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
私の母は、埼玉県下高野(しもたかの)村の東大寺という修験(しゅげん)の家の出であります。その家の姓は菅原(すがわら)。道補(どうほ)という人の次女で、名を増(ます)といいました。
大峰の者か、聖護院(しょうごいん)派か、見知らぬ山伏だが、年ごろ四十前後の男で、鉄のような五体は、修験(しゅげん)の行(ぎょう)に鍛(きた)えたというよりは、戦場で作ったものである。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さう言へば、山田寺は、役(え)ノ君(きみ)「小角(をづぬ)」が山林仏教を創める最初の足代(あししろ)になつた処だと言ふ伝へが、吉野や、葛城の修験(しゆげん)の間にも言はれてゐた。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
葵亭翁は蒲原郡(かんばらごほり)加茂明神の修験(しゆげん)宮本院名は義方吐醋(よしかたとさく)と号(がう)し、又無方斎(むはうさい)と別号(べつがう)す、隠居(いんきよ)して葵亭(きてい)といふ。和漢(わかん)の博識(はくしき)北越の聞人(なたかきひと)なり。芭蕉が件(くだん)の句ものに見えざればしるせり。